第22話
◆
テッドが酒場にやってきて、私の向かいの席に座った。私は新聞を読んでいた。暇つぶしだ。
「面白いネタだ。龍が出現した」
「龍?」
新聞を畳みながら、声を潜めて聞き返す。
「どこからのタレコミ?」
今までに私たち三人が加わった仕事で、龍を討伐する、という仕事は四件あった。その全部がガセネタだったのだ。現場に行ってみれば、龍の眷属の群れがいるか、嵐にでも襲われたような集落があって、そこの住民が「龍は去っていった」などとまくし立てるような、その程度のレベルだ。
私が疑り深そうに見やる先で、テッドが更に声をひそめる。
「魔術師が一人、龍を召喚する魔術を行使した。もちろん、他の奴に知られないように、少し離れたところでな」
ガサガサとテッドが地図を取りだす。オルーの周辺の地図だ。
「ここだ」
指差されたのはちょっとした山で、名前はイィシ山となっている。片道半日ほどの距離である。
「本当に少し離れたのね」
「そういう話だ。なんにせよ、その魔術師は龍を顕現させ、そのまま龍がそこにいるらしい」
「だから、その都合の良いネタは、どこから?」
「ブレインズだ」
思わずテッドが正気か疑ってしまった。
ブレインズと名乗る傭兵組織は、魔術王国内部で確固たる地盤を持っている。いくつもの支部があり、そのうちの一つがここオルーにもある。規模としては五十人ほどで、精鋭揃いの上に装備の面でも情報収集の面でも、図抜けている組織だ。
「どうしてブレインズが自分で討伐しない?」
「今も現場に向かっているさ。二十五人ほどだ」
「それでどこでその情報を?」
「懇意にしている町娘の男友達が、ブレインズの一員でね。ついさっき、イチャイチャしていた所に呼び出しがかかって出て行った、という話を、こっそり会いに行った俺に話してくれた。そうして俺も彼女を放り出したってことだな」
下品な話だけど、情報は情報だ。
「ランクもすぐやってくる。行くだろ? アンナ」
「ブレインズに恩を売っておくのも悪くない」
そこへ酒場のドアが開き、ランクがやってきた。歩きながら打ち合わせだ、とすぐにテッドが席を立ち、私もそれに続きながらカウンターの向こうの店主に銀貨を投げておく。
すでにブレインズが街を出てから二時間ほどが過ぎている。しかも連中は魔術で肉体を強化しているから、並の人間とは段違いの移動速度だ。
「終わってるんじゃないか?」
冷静にランクが疑問を口にするが、それでも行く価値はある、とテッドが応じる。
「龍自体がいなくても、眷属はいるだろう。稼げるぜ」
それもそうだが、そんなに楽観している場合だろうか。
もし本当に龍をこの世界に呼び出して、しかもそれが自由になっているとなれば、ブレインズの二十五人がどこまで渡り合うか、未知数と言える。強力な龍なら敗北するだろう。
そうなれば眷属が残っているどころではなく、私たち三人で龍の前に突っ込むわけで、逃げを打つしかないのではないか。
こんなことを考える私が悲観的なのか、それとも単純に計画を立てたがるタチなのか、よく分からないな。しかし備えておく必要はある。
丘をいくつも越えていくと、視界にイィシ山が見えてきた。
見えてきたが、嫌なことにその山の中腹から煙が上がってる。火災の煙ではなく、土埃の盛大なもので、見ている前で山に生えている木の群れの一角が崩れた。
「急ぐぜ、アンナ、ランク!」
言うなりテッドが駈け出す。魔術を行使して、並の人間の全力疾走よりも段違いに早い。ランクが続き、私も続くしかない。
街道を走るのをやめ、畑を横断して、斜面を駆け上がり、駆けおりる。
すぐにイィシ山に差し掛かり、木立の中へ。三人で縦一列になる。
かなり前から巨大な吠え声と地響きが聞こえていたが、いよいよそれが大きくなり、悲鳴と怒号が混ざっている。テッドは山の上へ回り込み、どうやら騒動の現場を俯瞰するつもりらしい。
彼が足を止めた場所で、私とランクが横に並んで、揃って下を見る。
木立の中を巨大な物体が這っている。そして人間の体がいくつも見えた。ムッとするような生臭さは、その人間の体が徹底的に破壊され、ひき肉にされているからだ。
「本物だ」
テッドが呟く。ランクが頷き、私は観察を続けて反応を返せない。
龍にもいくつかの種類があるが、目の前にいるのは蛇龍などと呼ばれる龍で、他の龍と同様に強大な魔力を有して、人間には不可能な魔術を行使する。
このタイプの龍は基本的に空を飛ばないから、その点ではやりやすいが、ただ、感覚は敏感だ。
そう思った時には、体を持ち上げた蛇龍が私たちの方を振り返っていた。
「やるぞ!」
テッドが駈け出す。まっすぐだ。位置的に右側にランクが走っていく。目標を散らす基本戦術。私はテッドの左側を行く。
こうなっては動きを止める余地はない。三方向からの同時攻撃で、勝負するだけ。
蛇龍の頭がたわめられ、息吹が放射される。
その標的にされたテッドが急加速、息吹の下を潜り抜ける。
ほとんど同時に今度は蛇龍の尻尾が振られる。木をなぎ倒して迫るそれを、三人ともが跳ねて回避。私は舞い上がったちぎれた樹木を蹴りつけ、蛇龍に急降下。テッドは最小限の動きで避けていた。
ランクはすごい。蛇龍の尻尾の上に降り立ち、そのまま疾走。走りながら手にした剣で蛇龍を切り裂いていく。
彼の剣は私が持ち出した特殊な剣だ。それはランクの魔力を万物を切り裂く剣に変換することができる。
私は蛇龍の頭に飛びつき、剣をその片目に突き立てる。
咆哮が轟き、蛇龍が私を叩き潰すために地面に頭をぶつけようとする。
素早く離脱し、全身が龍の血に濡れているのを遅れて理解。
テッドは何をしている?
視線の先、下がっていた蛇龍の首筋に、テッドが自分の体を叩きつけるようにぶつかった。
彼が手にしている剣もまた私が貸している剣で、テッドの魔力が刃へと変わる。
金属の剣とはまるで違う切れ味で、蛇龍の首を抉る。
「龍の子か」
いきなり声が響いて、私は蛇龍へ畳み掛けようとしていた動きを止めた。
時間が止まっていた。テッドの剣は蛇龍の首を半ばまで切断して、静止。ランクは蛇龍を二つに咲いている途中で、静止。
私もまた、縫い止められたように止まっていた。
「我々のことを甘く見ぬことだ。死龍の呪いを受けし、龍の子よ」
何を言っている?
龍の子……、アルカラッドに育てられたことを言っているのか?
いきなり時間の流れが戻り、私は空中でバランスを崩した。
その目の前で、テッドの剣が蛇龍の頭を落とした。巨体が力を失い、地面に倒れ込む。私は腕で顔をかばい、盛大な土けむりに咳き込みながら、テッドが雄叫びをあげるのを聞いていた。
さっきのは一体、何だったんだ?
死龍のことも知っているのは、何故だ?
「大丈夫か?」
土けむりの中から、ランクがやってくる。まだテッドは何かを吠えていた。
「どうした? アンナ」
ランクの問いかけに、なんでもない、と応じて、私は剣を鞘に戻した。
全身が、龍の血でまだ濡れていた。
そこから腐臭が立ち上ったような気がして、背筋が震えた。
(続く)
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