第2部 一人と一人の時代

第21話

     ◆


 二年が過ぎていた。

 私は二十歳になり、闘争と栄光の日々を送っていた。

 魔術王国の第四の都市であるオルーで傭兵として生きている。魔術王国の辺境地帯で、未だ生きて残っている龍の眷属、化け物どもを討伐し、そこから手に入るものを銭に変えるのだ。

 今も神秘へと挑んでいる大勢の魔術師たちが、龍の眷属を構成する物質、もっと言えば龍そのものを追い求めていた。彼らの欲求はとどまるところを知らない。知識と実践、どちらも私には想像もできないレベルになっている。

 古代神殿で十八歳の誕生日を終えた私は、そこにあったガラクタから発掘していた三つの武具を手に森を抜け、街道を進み、小さな町にたどり着いた。そこはかろうじて科学共和国の領域だった。

 科学共和国でも魔術の研究は進んでいるが、それは科学的な解析とでも呼ぶしかない。魔術も学問の一つなのだ。

 町にあった武具屋に、銭になるかと思って三つの武具、二本の短剣と、一つの小さな盾を持ち込んだのだけど、意外な事実がわかった。

 この武具に魔力を流せれば、魔術を行使できる、というのだ。

 しかしその武具屋の店主には詳しいことはわからず、おそらく科学共和国よりも魔術王国に持ち込むべきだ、とその初老の男性は言った。

 私は手を尽くし、自分の足で国境地帯を抜け、魔術王国に入った。

 魔術王国に入ったことはあったが、見ていたのは狭い範囲だったようだ。

 その国では、大抵の住人に科学共和国とは違う特徴が現れる。髪の毛の色が不自然で、赤い髪や青い髪どころか、まるで色の見本のように様々なのだ。そして体格が不自然なものも多い。上体だけ発達したものや、もっと極端だと片腕だけが異常な形状のものもいる。そこまでいかなくとも、肌にまだらがあるものもいる。

 そんな全てが、魔術による肉体改造や肉体強化、魔術の理論を応用した薬物の副作用だという。

 そこまでして魔術を身につけるのが、魔術王国では必須の素質と条件だった。

 国境にほど近い街で、私は武具屋を訪ねた。店主はシワだらけの老人で、体も小さい。干物みたいで、百年以上生きている、と言われても信じただろう。

 その店主が武具を見て、「珍しいものだ」と呟いた。

「はるか昔の文明で、このような武具が使われていた」

 でしょうね、とは言わなかった。どこで手に入れたか、疑われるのは絶対だとしても、余計なきっかけを与えたくない。

「どこで手に入れられたのかな、お嬢さん」

 やっぱりそう訊かれた。

「たまたま、見つけたのよ。場所は科学共和国の中」

「それはまた、運がいい。この武具を売っていただけるか?」

「売るつもりはない。使えるようにして」

「このままでも使えるが? 何をお望みかな、お嬢さん」

 さすがに私でも気づくが、この老人は体良く武具を引き取り、本当の力が発揮されるようにするつもりだろう。そしてその処置をして欲しいなら銭を払え、ということも透けて見えた。

 結局、私は交渉し、かなりの額を支払って老人を納得させた。

 安宿で二日を過ごして武具屋へ戻ると、二本の短剣と盾は私が念入りに磨いて研いだ様子と大差ないが、しかし一箇所、違う部分がある。飾りのためだろうと思っていた窪みに、水晶が埋め込まれているのだ。

「とりあえずは、使えます」老人が嬉しそうに言う。「しかし魔力を多く持つものでなければ、命が危ない。それほどの危険な武具ですな、お嬢さん」

「ありがとう。肝に銘じておくわ」

「良い仲間を集めることです」

 武具屋を出て、どうするべきか、迷った。今の手元の銭では働かないと生きていけないのは確実だった。

 街で仕事を探して、食堂の給仕をやった。それが思わぬ出会いを生んだ。

「良い体をしているな」

 客としてやってきた二人組が私を見てそう言ったのだ。良い体、と言われて、なんて好色で下品な奴だろう、と思った私の顔には、その感情がはっきりと表れていたようだ。

 声をかけてきた男が慌てた様子で手を振る。

「すまない、変な意味じゃない。相当に剣術を使うように見えた。勘違いだったら、申し訳ない」

 それを聞いて、少しだけ男への評価が変わった。私がただ給仕として働いているだけで、そんなことを見抜ける人間は、そうはいないだろう。

「俺はテッド、こっちは相棒のランク」

「私は、アンナ」

「腕前を確かめたいが、時間はあるかな」

 妙な話だな、とその時は思った。それでもまさか私が負けるわけもないので、仕事が終わる時間を告げた。また来るよ、とテッドが笑う。ランクは無表情に私を見ていた。彼はここまで一言も喋っていない。

 夕方になり、仕事の時間が終わって外へ出ると、本当に二人が待っていた。

 しかもテッドがその場で剣を抜いた。通行人の数人が悲鳴をあげて距離を取るが、すぐに人が集まり始めた。

「さて、剣を持っているようだから、抜いてもらおうか、お嬢さん」

 私の腰にはずっと使っている剣があり、肌身離さず持っていた。仕事中だけは控え室に置いていたのだ。

 ただこの時、私にはテッドの力量がおおよそ、推測できた。構えは立派で、力もある。魔力が渦巻いているのもわかる。

 しかしその程度だ。

 私は肩の力を抜き、一呼吸で自分の体に魔力を走らせ、魔術に練り上げる。

 一歩で、テッドの横に移動する。

 慌てる素振りも見せないのは立派。それだけの場数を踏んでいるんだ。

 剣を私が回避した時、彼の魔術が解き放たれた。

 見えない魔力の刃。

 しかし私の肌を切ることはできない。体を満たした私の魔力が、テッドの魔力を受け流していく。服までは守れないのでいくつもの切れ目が生まれる。

 もう服を変えなくちゃダメじゃないか、ということを考え、剣の柄でテッドを打った。首筋を一撃され、彼は驚いた表情をしていたのが脱力し、地面に倒れた。

 周囲にいる住民が声を上げる。囃し立てる声や口笛が多かった。

「あんたの力量はわかった」

 そういったのは、遅れて近づいてきたランクだった。彼の腰には二本の短剣があるが、抜くそぶりはない。しかし早業で抜き打ちか、もしくは投擲が来るかもしれないと警戒は解かなかった。

「テッドの無礼は詫びる。一緒に仕事をしよう」

 淡々とそう言われて、どれだけ儲かるかわからないけど、私には剣を使う技がある、ということは今、自分自身ではっきりとわかった。誰かと比べたことはないけど、簡単に負けることはない。

 なら剣で生きていけるかもしれない。

 その翌日には私は食堂の仕事を辞め、回復したテッドと、やっぱり無愛想で無言に戻ったランクと共に旅に出た。

 彼らは龍の眷属を討伐し、それで生活しているという。しかも二人だけで各地を巡って、その場その場で戦力を求めるものに力を貸す、まさしく傭兵だった。

 この傭兵という生き方が、私の性に合っているとわかったのは彼らと出会って半年が過ぎた頃だった。

 毎日が楽しく、毎日が刺激的だった。

 テッドもランクも仕事に遺漏はなく、私が加わったことで名前も通り始めた。

 そうして旅は続き、自然と魔術王国の第四都市、オルーでしばらく働こうと決めたのは、私が二十歳になる数ヶ月前だった。近場に現れる眷属を切り捨て、手に入れたその異形を構成している物質をまとめて売り払うだけの日々。

 また旅に出たい、と思っていた時、根城にしている酒場に、テッドが仕事の話を持ってきた。

 龍を見つけた、という話だった。



(続く)

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