第7話
◆
私とオリフが例のごとく、食べ物を採集している時、それは起こった。
最初に気づいたのはオリフで、私のすぐそばにいたのが急に動きを止め、遠くを見た。程なく私も気づいた。こちらへ近づいてくる誰かがいる。動物は動物でも、人間だ。
「何人?」
こちらをちらっとオリフが見る。彼の魔術による探査の範囲外なんだろう。私はじっと目を凝らし、「四人」と答えた。
答えた時には、遅かった。
どこからか矢が三本、山なりに飛んできた。
私は寸前で気づいて、一本を避け、一本を手で払いのけた。手に痛み。少し切れたようだ。
問題はオリフだった。
短い悲鳴をあげ、倒れこんだ彼の右足、脛の辺りを矢が貫通している。
「黙ってな」
素早くそう言ってやると、オリフがすでに脂汗を流しながら、グッと歯を噛み締めている。黙らせたのは周囲にいる誰かさんたちにこちらの様子を悟らせないためだ。
矢が飛んできたのは先に発見した四人とは別の方向から。オリフの足の矢の矢羽のある方をへし折り、矢尻の方向に無理やりに引き抜きながら、魔術は周囲を調べている。
どうやら四人とは別に二人組がいる。そこから矢が飛んできたのだ。
しかし二人組も四人組も、動きを止めている。オリフの悲鳴は明らかに人間のそれで、人間を射たのかと戸惑っている可能性がある。猟師の間ではこの手の誤射が消えないとも聞いている。
「移動するよ、ここはさすがにまずい」
オリフが頷いて、まだ顔をしかめている。それだけで済ませているのは上等だ。想像を絶する痛みだろう。もちろん、オリフ自身で今も治癒の魔術が発動している。
荷物を持たせるのも酷と考えて、二人分の荷物を抱えて、私たちはその場を離れた。
「もう良いよ、アンナ、ありがとう」
後ろからオリフが並んでくる。傷は治癒が完了したんだろう。カゴを手渡す。
ここでもまた予想外が起こった。
私たちが進むすぐ横手に、急に猟師が現れたのだ。
訂正、現れたわけではなく、木に向かって小便をしていた。
最悪。本当に最悪。
猟師は唖然としていて、慌ててあれをしまおうとし、それよりも仲間を呼ぶべきと思ったのか、指を口元へ持っていく。
指笛が吹き鳴らされるより、私の方が早かった。
カゴをほとんど放り投げ、肉薄。
腰の剣が一閃して、男は血しぶきを上げて倒れこんだ。
「アンナ!」
遅れてオリフが悲鳴をあげるけど、その時には私は痙攣する男を見ていた。オリフが駆け寄ってきて、男の首筋に手を当てる。そのすぐ下を私の刃は深々と切っていた。
「もう死んだと思うけど」
一応、助言してやると、オリフが射殺さんばかりにこちらを見てきた。しかしそんな余裕もないと悟ったようだ。ようだが、私とは別の余裕のなさを悟ったとわかった。
オリフが魔術を発動し、もう死んでいる猟師の肉体を治癒させ始めたのだ。
生命は、その命が失われると物体に帰るようだが、なぜか命が失われた肉体を魔術で治癒させようとすると、生きている時より反応が鈍い。勉強好きのオリフなら、そうでなければアルカラッドなら何か知っているだろうけど、別に私は知りたくもない。
出血が止まる程度の治癒の後、オリフが猟師を担ぎ上げたので、さすがにびっくりした。
「どこへ運ぶわけ?」
「神殿だよ。アルカラッドに蘇らせてもらう」
「馬鹿言わないでよ。放っておきなさい」
「無駄に殺す必要はない」
自分のカゴは捨てていくと決めたようで、猟師を背中に乗せてオリフが歩き出す。
反対しようにも、オリフの気配が何も聞かないと如実に物語っている。長い間、一緒にいるのでそれくらいは感じ取れるし、こうなるとオリフは絶対に行動をやめない。頑固なんだ。
カゴを置いていくわけにいかず、結局、二つのカゴを持って神殿へ向かった。
オリフが背負っている猟師はもちろん、きや、たぶん、死んでいる。そして治癒させた傷口が破けたんだろう、みるみるオリフの背中が赤く染まり、血液の流れは乏しいながら、彼のズボンを染め、靴にも滴っている。
残酷なことをした、と不意に気づいた。
私は命を奪った。あの血を解き放ったのは、私なのだ。
ただし猟師たちも私の命を奪おうとした、という側面がある。
争っているわけでもない、反目しあっているわけでもない。それなのに、私たちは武器を向け合った。
何かが違う。ストンと落ちない要素がある。
事故だろうか。事故なら全てが許されるか? そう、事故だった、と自分を納得させ、許すことはできる。では例えば、さっきの矢でオリフが死んで、猟師たちが事故だったんだと主張して、私はそれを受け入れただろうか。
逆はどうか。私は猟師を殺した。彼の仲間、もしくは家族は、事故だったんです、と言われて、そうでしたか、と引っ込むか。いや、まあ、事故ではなく、故意なんだけど。
そんなことを考えているうちに神殿についた。いつかのように、アルカラッドが外で待っていた。彼の前にオリフが猟師の死体を下ろす。
「彼を蘇らせてください」
「できないと言ったら?」
アルカラッドはまるでその言葉を予想していたように、素早く質問した。オリフからすれば、一刻一秒を争う場面だ、問答も煩わしいだろう。
「彼には何の罪もありません。非は僕たちにあります」
アルカラッドが視線をオリフから私に向ける。私は思わずそっぽを向いていた。非があるのは僕たちではなく、私だけなんだ。それはよく、わかっている。わかっているけど……。
「今回だけとしておこう。ちなみにまだそこの彼は、かすかに生命を残しているようだ」
そうアルカラッドが応じ、視線を横たえられている死体に向けた。
魔力なんてものじゃない。人間の魔術師が百人集まっても、こんな異常な力は行使できないだろう。
地面が波打ち、空気がまるでなくなるような感じ。
死体が震え、何かがまだ振動している地面を走ったが、あれは血液か。オリフを汚した血液もまるでそれ自体に意思があるように死体へ向かっていく。
全ての血液が戻り、傷口に蓋がされ、さらに痙攣は続く。
びくりとひときわ大きく震え、そこでこの異変は終わった。
「オリフ、アンナ、二人で彼に事情を説明しなさい。いいね?」
ありがとうございます、とオリフが深く頭を下げたので、私もちょっとだけ頭を下げた。龍は気にした様子もなく神殿の中へ消えた。
彼が見えなくなった時、うめき声をあげて猟師が意識を取り戻した。
目が開き、パチパチと瞬きをして、彼はこちらを見た。こうしてしっかり確認すると、まだ若い。二十代半ばか。
「俺は、いったい……。あんたたちは……」
猟師の視線が私とオリフを行ったり来たりする。
「気を失われていて、介抱していました」
オリフがそう言うと、露骨に猟師は怪しがったが、深い入りしないと決めたようだ。それもそうだ。こんな森の奥で、しかも巨大な神殿のすぐ目の前で、明らかに子供にしか見えない子供が二人、目の前にいる。理解を放棄しないと、二進も三進もいかないだろう。
「帰り道を教えます。こちらへ」
オリフがそう言うと猟師が、ああ、とか、うん、とか言ってから立ち上がった。
本当に生き返ったのだ。そのことにやっと気づいた。いや、死んでいたように生きていたのか。
龍というのはやはり、普通じゃない。
(続く)
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