第33話
◆
私はその時、ホーナーと焚き火を囲んでいた。
季節は春が終わろうとしていて、それでも残っている熱には海からの風が心地い。二人で海沿いに歩き、今日は運悪く野宿だった。
焚き火も最初はうまく火がつかなくて、それは潮風が強いからだ。魔術を使っての火炎で無理矢理に火をつけた。
ここのところ、夜になると私はホーナーに自分の過去を話していた。
孤児になったことから始めて、奇妙な男に引き取られたこと、そしてそこにはもう一人、同じような立場の少年が、一緒に育ったこと。
オリフという名前、そしてアルカラッドという名前は、口にするだけで胸が痛んだ。
どうして私たちはバラバラになったんだろう。
この日はオリフが猟師に銃で撃たれた話をするはずだった。
風ひときわ強く吹いて、火の粉が舞い上がる。
ホーナーが私の方を見て、目を丸くしている。私はそれに気付くのとほぼ同時に、背後の気配に振り返っていた。
そこにいるのは、アルカラッドだった。
俯いていて顔は見えないけど、アルカラッドだ。
「どうして」
声が上手く出ずに掠れる。
「ここに?」
アルカラッドは答えない。私は何かおかしなものを感じて、本来的なアルカラッドは、もっと明るく、そして言葉を多用すると考えた。こんな風に黙っているのは、何故だろう。
立ち上がる時、左腕の義手が剣の鞘を掴む。
途端、左腕が痙攣した。何だ? と見やると震えているのは、腕ではない、剣だ。その様子にホーナーが跳ね起き、剣を抜く。
「やめて、ホーナー」
剣を両手で掴みながら私はホーナーを一瞥した。
「彼は敵じゃないわ」
でも、とホーナーが言いかけたけど、その言葉は結局、声にはならなった。
アルカラッドのすぐ横に、空間から滲み出すように現れた男がいる。
今度こそ私は、本当に驚いた。
「オリフ?」
鮮やかすぎる切れ味で、魔術通路を生み出したらしいオリフは、私とアルカラッドの間に割って入るように立っている。
彼は私の何かを確認し、悲しそうな笑みを見せた。そして私に背を向けて、アルカラッドの方を向いた。
「どうしてここへ? オリフ、答えて、答えなさい」
「アルカラッドは、死んだ」
死んだ? だってそこにいるじゃないか。
私の手の中で剣が震え続ける。
「どうして、死んだの?」
オリフはため息を吐いて、さっと手をアルカラッドにしか見えない男に向けた。
「僕が守護者として力で、倒すしかなかった。死龍に取り込まれて」
「何があったの?」
「詳しく話すのは、まだあとだ」
見えない力が渦巻いた。
瞬間だった。
私の右手が剣を抜き打ち、オリフの背中を切り裂いている。
悲鳴をあげたのはオリフではなく、ホーナーだった。
アルカラッドの姿を姿をした何かが、刹那だけ光を放って消える。
オリフが振り返り、私と相対した。
彼は苦しそうな顔をして、私は彼を睨んでいた。
「あなた、本当にオリフなの? 誰かに操られている?」
「そんな誤解は必要ない。僕は僕だよ」
「オリフがアルカラッドを殺せるとは思えない。私の命を狙う、龍に支配されているの?」
「そんな、馬鹿な」
呟くようにそう言って、オリフは視線を少しも動かさない。
姿の見えない存在が私の口を、思考を奪っていく。これはなんだ、口が動き、感情がそれに流される。
「アルカラッドが邪魔になったのね。それで、力だけを奪って、ここにきた。違う?」
私は何を言っているんだ?
オリフの表情についに困惑の色が差す。
「きみは、アンナ、何を考えている?」
「私はあなたに聞いているのよ、オリフ。あなたは親を殺したの?」
この一言は強烈だったようだ。
オリフの表情が歪み、泣き出しそうになるのを無理矢理に堪えるような、そんな顔だ。
でもこれで、はっきりした。
オリフはアルカラッドを殺した。
「私しか、アルカラッドの仇は討てないわね」
私は右手に下げていた剣を構え直す。一歩、二歩とオリフが後退する。
「やめてくれ、アンナ。何かが間違っている。僕がやったことを、きみは理解してない」
「アルカラッドが死んだとわかれば十分よ」
迷いや疑問が不自然なほど、どこかへ消えていた。
すぐ横にホーナーが武器を手に並んでくるのに、「これは身内の戦いよ。手出し無用」と追い払う。事実、私たちが本気で争えば、人間など意味をなさない。
なんだって? 私はそんなことを、オリフ相手にしようとしている?
そう、しようとしているし、するしかない。分かりきったことだ。
「行くわよ」
私は声と同時に踏み出していた。
オリフの手が虚空から剣を引き抜く。純粋な魔力を結晶化させる、高等技術。やるようになったということだ。
二人の剣がぶつかり、交錯する。
私の義手の表面で火花が散る。一方、オリフは左腕の肘を浅く切られている。この程度の傷は、魔術を使うものにはかすり傷。
お互いに立ち位置を高速で変えながら、剣を繰り出し、お互いを傷つけていく。
速いな、オリフは。私の動きにもついてくる。その程度の才能はあったわけだ。身体能力を底上げする魔術に長ける、という一点で私に対抗するか。
ならもう少し、速度を上げよう。
私は全身に魔力を行き渡らせ、無理矢理に限界を突破する。
全身の神経が焼け焦げ、筋肉がちぎれ、骨が一人でにひび割れ始める。
その代わりに、私はオリフの攻撃の全てを跳ね返し、逆に彼を傷だらけにしている。
全てが超高速なので、まるでオリフから血飛沫がひっきりなしに飛び散っているように見えるだろう。そして私の姿は、影のように霞む。
勝てる。私はオリフを滅せる。
そうすれば何の憂いもない。この世界において、私を阻むものは消える。
あれ? 何を考えている?
オリフを滅ぼして、何になる。
そもそも私は彼を殺したいのか? 本当に?
どこかで手を打って、終わりにできる。そうすれば、もっと話もできる。本当に何があったのか、それを聞くことができる。
つまり、許して、理解し合えるのだ。
でもそれはできない。
私が彼の息の根を止めるからだ。どうして?
その必要がある。
アルカラッドの痕跡を、この世界に残してはいけない。
世界を守護するものは、もう必要ない。
私は何を考えている。ああ、今、左膝が勝手に粉砕された。自分の力とは思えない魔術がそれを即座に治癒させる。剣を握る右腕が力に耐えきれずに、曲がらない方向へ曲がる。魔力が無理矢理に矯正し、攻撃を続行しながら元へ戻した。
肺はすでに機能をやめ、心臓さえもが形だけ鼓動を打っている。全身の生かし続けているのは、魔力で、圧倒的な魔力そのものが私の生命を無理矢理に稼働させていた。
二人の剣が弾き合い、私は間合いを取った。
どっと疲れる。呼吸を取り戻し、喘ぐように息を吸う。心臓が締め付けられるように痛い。苦しかった。
オリフは血まみれで、今も額から流れる血が彼の顔を赤く染めている。
雑な動きでオリフがボロ切れになった服の袖で、その血の流れを拭った。
「アンナ、もうやめにしよう」
「どちらかが死ぬまで、終わらないよ」
息が整ってないのに、それを無視して静かにしゃべる自分は、私自身ではない。
「さあ、続けよう」
私の体なのに、全ての不具合と、置き去りの心を無視して、私は剣を構え直した。
(続く)
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