第20話
◆
その日は十八歳を祝う日で、誕生日なんだろうけど、仮初めの誕生日だ。
私もオリフも捨てられた子供で、誰も誕生日を知らない。調べようもない。親が見つかるわけもない。
だから誕生日は、アルカラッドが決めた。
場所は孤島の遺跡で、私がウサギを三羽と山菜、香辛料の袋を持って魔術通路を抜け、調理室へ行くと既にオリフが料理を始めていた。
「まさか今日も牛肉?」
匂いで違うとわかったけど、冗談で背中に声をかけると肩越しに嬉しそうな顔を見せるオリフ。
「鶏をもらってきた。内臓を抜いて、中に野菜を詰めて丸焼きにするよ。内臓は煮て食べられる」
「どこでそういう残酷なやり方を教わるわけ?」
「お客さんに教わったよ」
「女?」
「さすがにそこまで料理に熱心な男は珍しいからね」
まあ、いいだろう。オリフももう大人のようなもの。顔つきだって、全く変わってきたのだ。
それから私はウサギをさばいて、二人で食べきれないという考えで一致したので、ウサギは保存できるように処理することにした。こんなことなら、最初から話を合わせておくんだった。
山菜はちょうど鶏の中に入れることができて、それは良かったかな。
オリフが外へ出て行き、鳥を焼くというので私は調理場に残り、鶏の内臓をオリフに言われた通りに調理していく。濃い味付けで煮るだけで、たまに鍋をかき回せばいい。内臓を使うなんて聞いて難しそうに感じたけど、やってみればシンプルだ。
おおよそ出来上がったと判断して、私は外へ出てみた。
夕日の中で、焚き火を起こし、そこでオリフが鶏を焼いている。
その様子を遠くから見ながら、ここのところ、ずっと考えていたことをもう一度、考えた。
決意は、決心は、揺らぎそうもなかった。
みんなこうやって、いつかは自分が進む道を選ぶのだ。
私は遺跡の中に戻り、テーブルを整えた。アルカラッドがやってきて、かすかに微笑み、席に着く。私はどんな顔をしただろう。鏡があっても、見なかっただろうけど。
そのうちにオリフが戻ってきて、調理場で切り分けた鶏の肉と野菜を持って食堂に入ってきた。ソースも添えられている。本格的だ。
「二人とも」
私たちが席に腰を下ろしてから、アルカラッドが穏やかに笑う。
「誕生日、おめでとう」
ありがとうございます、と言ってオリフが頭を下げる横で、私も同じ言葉をつぶやき、頭を下げた。
食事が始まり、アルカラッドが私たちの近況を訊ね始める。
私が単調な日々、修練と純粋な生活に時間を消費しているのに比べ、オリフは様々な体験をしているようだ。十人十色の客たちがやってきて、彼らにはそれぞれに人生がある。偶然にオリフの人生とすれ違い、また離れていく人々。
明るい人、暗い人。度量の広い人と、狭い人。銭を惜しまない人、逆に吝嗇に徹する人。おしゃべりが好きなものがいて、口を閉じているものがいる。夢を見るものがいて、諦めているものがいる。安定を捨てて挑戦するものがいるし、今の生活を守ろうとするものがいる。
話を聞きながら、それこそが世界だと私は思った。
でもどこか、私からは遠い。
私も同じ世界に生きているはずなのに、オリフの話す全てが、どこか私とは違う。
何かが足りない。何かが、欠けている。
私が本当に見たいものは、オリフのそばにはない。
「どうしたんだい? アンナ」
いつの間にかオリフの話は終わっていて、私は空想の世界に落ちていたようだ。顔を上げると、アルカラッドとオリフがこちらを見ている。
「話したいことが、ある」
そう切り出すと、オリフが居心地が悪そうに椅子に座り直すが、アルカラッドは落ち着いている。何も言わずに、視線だけで先を促してくる。
「私はここを、出て行く」
「え!」
オリフが声をあげても、やっぱりアルカラッドは微動だにしない。
「なんでここを出て行くの? アンナ。理由を教えてよ。そもそもここって、どこのこと?」
オリフがまくし立てるのに私は冷静に答えた。
「私は自由に生きる。アルカラッドとも、あんたとも、距離を置くことに決めたの。私は私で、世界の中で生きていくわ」
「そんな、無茶な……」
「あんたにできるんだから、私にもできるわよ」
そうだけど、とオリフが呟いた時、アルカラッドがかすかに表情を変えた。
「良いよ、アンナ。好きにすると良い。どこかへ送ってやろうか?」
「アルカラッド!」
オリフが驚きのままに声を上げる。表情は真剣で、どこか悲しげだ。
「そんな、良い加減なことをしないで、その……、話し合おう。三人で、生きていけば良いじゃないか!」
「誰もが決断するものだよ、オリフ」
冷静さを失っているオリフと比べれば、アルカラッドは血も涙もないほど冷淡だった。
「アンナは今、決断した。きみもいつか、どこかで決断するだろう。どんな道を選ぶとしても、決意がなければ進むことはできない。わかるかな、オリフ」
まるで老人が孫に理を教えるような口調だった。オリフの顔が歪み、今にも泣き出しそうになる。それを無視して、アルカラッドがこちらを見る。
「どこへ行く?」
「あの神殿から始めるわ。あそこにあるものは、好きにしていい?」
「いいよ。銭が必要かな」
「今の手持ちで十分よ。自分でどうにかして稼いで、生きていくから」
それが良いだろう、とアルカラッドはやっぱり笑う。この龍はいつも、笑っている。ありとあらゆることが、この存在の前では些事なんだろう。どうとでもコントロールできる、お遊びなんだ。
怒りを押し込めて、伝えておくべきことを補足して、アルカラッドはそれを全て承知した。
オリフは黙っている。
暗い雰囲気に変わった食卓の料理がなくなり、私とオリフで片付けをした。結局、オリフはその最中も黙っていた。私もあえて何も言わず、口を閉ざした。
全部が終わり、私はそれでも言葉にしてオリフに「これでお別れよ」と告げた。私はこのまま古代文明の神殿に向かい、二度とここへは来ない。
オリフとは遥かに離れた場所で、生きていくんだ。
また会えるだろうか。それは運命だけが、決めることができる。
オリフは最後だからだろう、笑おうとしたようだけど、それは成功していない。不自然な表情で、私と向かい合っている。悲しさ、寂しさが既に彼を支配しているようだった。
それを弱いとは、思えなかった。
優しいことは、弱さではないのだ。
その優しさを、私はきっとまだ持っていないだろう。
「じゃあね、オリフ」
魔術通路の前に立ち、そういう私に、オリフが一度、頷いた。
「また会おう、アンナ」
「そうなるといいね、オリフ」
私はもう彼を見ずに通路を抜けた。
事前に話した通り、その瞬間にアルカラッドは魔術通路を閉鎖した。
私は帰る場所を失い、それによって、新しく帰る場所を見つける決意を、より強く固めた。
こうして私は、子ども時代に終止符を打った。
(続く)
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