第37話 粛々! 初秋の四十八瀬
北急電鉄。新宿から神奈川県央部を通り箱根へ向かう小田急電鉄に倣って作られたその架空鉄道は、2020年の秋を迎えつつあった。
あのCOVID19の蔓延の春を過ぎ、夏の酷暑も人々は耐えた。台風もやってきてさらに人々を虐げた。それでも耐えた。人々は絶望すれすれで耐えた。
だがそれは無駄にはならなかった。酷暑の紫外線はCOVID19の病原体にも容赦なく降り注いでそれを破壊した。常夏の国でも蔓延したから天然紫外線は感染拡大に寄与しないと言われていたが、それらの国では冷房空調の消毒が不十分なため、紫外線で減った病原体を蔓延させてしまっていたのだ。それに気づいた人類は空調装置の改良改修を進め、COVID19などの病原体を吸収破壊する機能を付与したのだ。その回収はそれほど困難ではなかった。
そしてCOVID19の変異の方向もまた人類に味方した。病原体でもウイルスはその進化において、宿主を死に至らしめる毒性強化よりも、宿主と共存しながら蔓延して数を増やそうとする弱毒化のほうに働くという推測があった。遺伝的アルゴリズムのような最適化を続けるのはウイルスもそうなのだ。せっかく増えても宿主が死んでしまえばそこで終わりである。それより人畜無害となって宿主と共存して全世界にしれっと知られることもなく蔓延した方が有利だ、というのだ。
その上で、人類はCOVID19に対する治療薬とワクチンの開発に成功した。国際協力は感染蔓延が始まってももたついた中国が厚顔無恥にも対策の先進国だと言い出し、あとで感染爆発に手を焼いていたアメリカは激怒、WHOと中国に八つ当たりし国際紛争となったが、そのなかでも日本や欧州の製薬会社と政府は協力を続け、困難なそれらの短期集中開発を成功させた。そして次にまた別の未知の感染病に対して対抗できる体制づくりが進んだ。
行動変容も新しい生活様式も、人々にはピンとこないものだったが、それでも手洗いうがいといった基本の徹底のための発明がいくつもなされた。
マスクもまた進化を遂げた。とくにVRグラスとマスクを組み合わせたフェイスギアの発明は大きく生活を変容させた。VRメガネの普及が進まなかったために人々はスマホの小さな画面に縛られていたのだが、VRフェイスギアは簡単に再利用可能なマスクの機能を持つためとても便利で、なおかつスマホよりも便利に情報を歩行どころかジョギング時にも視野にARでインポーズ表示するのだ。ジャイロ機能は見るものにカーナビよりも精密に道案内をし、視点検出機能がスマホの画面タッチよりも正確で簡単なインターフェイスとなった。それを統合して動作させるAIアシスタントも一気に普及。VR/AR技術はこのCOVID19後の世界で一気に主役技術となった。COVID19はそういった産業革命に人類を追い立てながら、人類の忍耐と幾つもの発明と努力により、その感染の猛威を弱め、制圧されていったのである。
「ほんと、あの時はどうなるかと思った!」
御波は機関区の真新しい転車台と扇形庫を見ながらそう言った。
「うむ、しかしこれはあくまでも著者の願望であるからのう」
総裁はまだ不承に思っているようだ。
「でも、悲観的な未来ならいくらでもありますわ。それより楽観すぎない希望を提示することは物語としては良いことだと存じます」
詩音がそういう。
「とりあえずまたおとーさんの食堂開けて助かったー」
華子が微笑む。
「棋戦も再開されました。将棋の研究サボってたからきついのなんのって」
カオルがボヤく。
「ツバメちゃんは?」
「放映延期になったアニメの仕事がいっぱいまた出てきててんてこまいですよ。ヒドイっ」
ツバメもそう口を尖らせる。
「それはひどいのう」
そしてみんなが見上げる、蒸気と薄い煙を吐く黒い鋼の機械。
「長い眠りから、ようやく自由の空のもとになったんだね」
幻の蒸気機関車C63が、運転前整備されていた。
「ここで北急電鉄の観光列車牽引を行う、動態保存となったのはまさに慶賀慶賀奉祝奉祝であるのだ」
「北急の樋田会長らしいよね。このC63を引き受けるなんて」
「会長、屈服しない鉄道会社として、このC63をこれからCOVIDとの戦いを思い出すため、人類と日本人の叡智の象徴とするんだって」
「辛い日々であったからのう。自粛があんな辛いとは思わなかったが、あれに耐えたのだから、これから起きることに耐えられるというものであろう。人類は多大な犠牲を払ったが、その分、以前より強く進化できたのだ。まさに試練であった」
「でもそんな北急電鉄と樋田会長たちが気に入らない人々はいますね」
「周遊列車事業の時点で気に入らないのはいたからのう。敵を作らずに何かをなすというのはほぼ無理なのだ」
C63の出発前のセレモニーが行われている。樋田会長をはじめとしたテープカットとなった。でもそれは以前と違い、人が少し間隔を開けてのものだった。それでも発車を待つ客車は人で賑わっている。ぎゅう詰めではなくゆったりとした椅子配置の車内となっているのだ。
だがいよいよ発車というその時、ちょっと悲鳴が上がった。正体不明のドローンが見えたのだ。
「うぬ! 直ちに出動である!」
鉄研のみんなが、座ったまま隊形を組んで飛び立っていく。彼らはMU、浮上式モビリティ装置に乗って防犯活動を行う、神奈川県警海老名署特殊防犯飛行隊でもあるのだ。
「おりゃあああ! 天誅!」
「ぶんぶんうるさいのよ!」
鉄研のみんなが空中でドローンに襲いかかる。
「うむ、ようやくバトルになったぞよ」
「それどころじゃないです!」
多勢に無勢と逃げるドローン。しかしそれを彼女たちの靴がゲシっ、と踏みつける!
「ロンギヌスの槍ー!」
そしてふらついたドローンに華子が物干し竿を突いて襲いかかる。それがドローンに刺さった!
「じゃいあんと・えばんげりおん・すいんぐー!」
そういって振り回し、そのままドローンと竿を放り出す!
「月軌道まで、飛んでけー!」
放り出されたドローンは、墜落して地上で警戒中のパトカーの警官たちに確保された。
「無敵っ!」
みんなでポーズを決める。
その真下で、C63の汽笛が鳴った。
「ほんと、いい音するなあ」
発車するC63。少し空転した動輪を再粘着させ、客車を力強く引き出すC63。
その客車のデッキで、舘先生とギースル氏が、2人で手を振っている。
MUで空を飛ぶ鉄研のみんなが手を振り返す。
「本当に、お疲れであったのだ」
「そうですね」
「あ、ところで、なんでこの話、『シンデレラエクスプレス』ってタイトルなんですか?」
「それはだな、舘先生が大宮で勝手に駅カラオケした時に歌ったのが、山下達郎の『クリスマス・イブ』だったのだ」
「えっ……」
「『♪きっと君は来ない』」
「あ! あのころのJR東海のCM!」
「さふなり」
みんな、納得して、言った。
「ほんと、いかにも、館先生らしいや!」
〈おわり〉
シンデレラ・エクスプレス 幻の蒸気機関車と秘密結社(鉄研でいず!5) 米田淳一 @yoneden
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