第25話 入浴! 阿字ヶ浦温泉!

「ほら!」

 ギースル氏は阿字ヶ浦駅を出てすぐ、車からその風景を見せた。

「すごい!」

 林に囲まれながら、海に向かって降りていく道路。

「ほんと、ラノベの挿絵みたいな風景です!!」

 みんな喜んでいる。

「ぼくのはじめての本の表紙イラストの仕事、この風景を描いたんだ」

「ステキです!」

「ありがとう」

 だが、彼は、あのトイレでの舘先生の声が牽制になったらしく、真相についてまた黙ってしまっていた。

「ここの温泉に入って、御飯食べるんだ」

「すごーい! まさに豪遊ですね!」

「舘とぼくからのプレゼントだ」

「ありがとうございます!」


 みんなで温泉施設からいろいろレンタル品を借り、温泉に入ることになった。

「海を目の前の露天風呂って、すごい」

「開放的になりますわねえ」

「というか、これはこういう物語に読者サービスとして存在する、いわゆる『温泉回』ではないのか……」

 総裁はこの展開にすごく不満そうである。

「ケシカラン!!」

 総裁が叫ぶ。

「しかたないよー、これ、2020年正月に著者さんが本当に行った取材旅行で実際あったシーンなんだもんー」

「華子さん、いきなりそんなメタ記述したら読者さんが困りますわよ」

「えー、だってほんとのことだよー」

「うむ。やはり本当のことは、人を傷つけるのであろう」

「総裁なに変な納得してるんですか。イミワカンナイ!」

 お風呂でもまたきゃいきゃいと戯れている鉄研のみんなである。

「でも」

 ツバメが言う。

「私、男に生まれたかった」

「え。ツバメちゃん何?」

 御波が戸惑う。

「今頃、舘先生とギースルさん、一緒にお風呂入ってるんですよ」

「さふであろう」

 総裁はうなずく。

「きっと、昔の話、海見ながら話してるんです」

「うむ」

「私、そういうのになりたかった」

「ツバメさん、そ、それは」

 思わず詩音が動揺している。

「変な意味じゃなくて!」

 ツバメは否定する。

「でも、ほんと、そういう強い信頼に憧れる」

「うぬ? 我らのこの信頼ではものたらぬか?」

 総裁が聞く。

「そうじゃないけど、これとああいうのは質が違う気がする」

「……さふかもしれぬ」

「男の友情と女の友情って、少し違う」

「なるほど。それは良い観点なり」

「そうですか?」

 そういうツバメの顔を御波は見つめてしまった。

 ――ツバメちゃん、そういう事に気付いたんだ。

 ツバメちゃん、いつのまにか私より大人びてる。

 顔も、姿も、もう。

 ――これが、恋の効用なのかな――。

 御波は、少しの寂しさを感じていた。

 ――こうして、みんな巣立っていっちゃうのかな。


 *


 お風呂を上がって、畳敷きの食堂で食事を始めた。

「このエビフライものすごく大きいー!」

 華子が眼を丸くしている。

「ここの自慢のエビフライなんだ」

「すっごーい!」

「海が近いから、海のものもいいのが多い。お作りも、あんこう鍋も」

「すばらしいですわ!」

 詩音もコーフンしている。

「でも、こっちきてすっかり食い道楽になっちゃいましたね」

「それと保存車巡りの大豪遊ですね」

「ありがとうなのだ」

 口々に鉄研のみんなが礼を言う。

「いいってことよ」

 舘先生はテレている。

「そうだな」

 ギースルさんもうなずいている。


 そして大きな休憩所の椅子に座って、みんなで軽く昼寝した。

 目の前にはドンと広がる見渡す限りの太平洋。

「あれ。あの白いのは船ですか?」

「北海道とこっちを結ぶフェリーだ」

 舘先生がこたえる。

「何度も乗って、パーサーや航海士さんと仲良くなったりした。昔だけど」

「すごい」

「舘先生、ほんと、昔の行動力、すごいですね」

「まあな」

 舘先生は遠い目になった。

「昔は、な」




 別れのときがちかづいてきた。 




「帰りは車を変えよう。総裁たちは俺のヴェルファイアに」

 駐車場で話をする。

「そうだな。じゃ、詩音くんたちはぼくのシエンタへ」

「うむ、よろしくおねがいなのだ」

 みんなでまた車に分乗して、土浦に戻る高速道路に入った。



「総裁」

 高速道路で、舘先生が口を開いた。

「みんな、もう言葉少ないな」

「精一杯の歓待で、みんな遊び疲れて寝ておるのだ。感謝なり」

「そうか。前にこの車で総裁と一緒に帰ったな」

「さふなり。大洗遠征の帰り、往年の機関助士と機関士のように」

「第3閉塞進行!」

 舘先生が機関士のマネをする。

「第3閉塞進行、後部オーライ!」

 総裁が機関助士のマネをして、二人で笑う。

「あれから時間がたったな」

「さふであるのだ」

「君の進路指導もしたな」

「ありがたいのだ」

 二人は揃って、息を吐いた。

 そして、それに笑った。

「先生」

「何だ?」

「先生の部屋で見た写真が気になっておった」

「?」

「片付いた部屋のなか、少しだけ残っておった写真。先生が習字教室で子どもたちと戯れておる写真である」

「ああ。あれか」

 先生の表情が変わる。

「あの習字教室。一見普通のお寺の習字教室と思うたが、あの障子のマドと壁の様子が妙で、気になっておった」

 総裁は、息を詰めた。

「あのお寺の部屋、ただの部屋ではなく」

 先生が緊張している。

「あれは、お座敷電車の『車内』であろう」

 総裁は、続けた。

「それも、保存中のお座敷電車の車内」

 先生は答えずに運転を続けている。

 だが、そのとき「ピー」という警告音がなった。

 車のレーンキープ機能が出す、運転の乱れを警告する音だ。


 それは、まるで、戦闘機が標的をロックオンする音のように、響いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る