第26話 進撃! 謎の習字教室

「あのお座敷電車、ワタクシの記憶がたしかなら、千葉で運用されていた165系お座敷電車『うのはな』であろう」

 先生は答えない。

「先生が答えられぬ理由はわかるのだ。『うのはな』は90年代末に全車解体されたとされておる。だが、千葉の電車区でそれなのに長い間、先頭の一両だけがぽつんととりのこされ、噂ではどこかで保存されるのだと言われておった。だが、その後、どこに保存されたかもまったく言われず行方不明。かといってこれも解体された形跡の部品流出も一切ない。どこかで密かに今も保存されておるというが、都市伝説となっておった」

 先生は答えない。

「そしてC63も同じように、幻となり、現在も行方不明。実車が存在したとしか思えぬイラストだけがのこっておる」

 先生は答えない。

「そのC63、ワタクシは思うた。あの設計の経緯は、国鉄首脳から国鉄設計部に対するヒドイ梯子外しであったのだ。もうディーゼル機関車の時代になるのに発注された設計。でも設計が終わったら『あれ、いらなくなったから』。無煙化、動力近代化の方針が決まっているのに行われた発注。あれをやられた方は、愚弄されたと思うたであろう。蒸気機関車技術の精一杯を知恵を絞って考えたのに『いらなくなったから』。ひどい話だ」

 先生は答えない。車は高速道路を進んでいる。

「ゆえ、国鉄内部に、こういう意見が出たのであろう。『ふ ざ け る な』と」

 答えない先生。

「そこで、国鉄で憤ったものが、有志を募ってC63の実機を作ったのだ。おそらくそれは国鉄の巨大機関車工場の最深部で密かに行われたのであろう。出来上がったC63。それは彼らの不定見への憤り、理不尽の抵抗であった。もちろん許されることではない。資材と予算の不正流用。当時の国鉄は国会の監督も受けておった。バレれば大スキャンダルとなるのは必至。理不尽な梯子外しを主導した国鉄幹部どものクビがポンポン飛ぶことになったろう。まさに彼らの復讐は果たされようとしていた」

 車は高速を降りようとしていた。

「だが、当時の国鉄はそんな思いが通る組織ではなかった。国鉄幹部は思いついた。そのC63の責任について、幹部の間の権力ゲームのカードとして使うことを。自分が持ったままだと困るけど、他人にうまく渡せれば他人を陥れられるカード。そう、トランプのババ抜きのジョーカーのように。当時の国鉄は大量の余剰人員と予算を抱え、莫大な赤字を作りつつあった、そういう伏魔殿であった」

 ETCレーンを車が抜ける。

「そしてそのゲームで、ジョーカーとなったC63を作った工場は窮地に陥っていた。ことが露見すれば工場の多くの人間が仕事と夢を失う。追い詰めるはずが追い詰まってしまった。かといってC63を公開することも、解体することもできない。できるのは、工場の奥に隠して秘密として抱え込むことだけ。だが、その秘密の重圧はますます重たくなる。耐えることが困難になっていく」

 先生は答えず、土浦の一般道を運転し続けている。

「国鉄にも、この地上にまったくC63のいられる場所がない、はずだった。だがそこに光明が差す。容量が逼迫し続ける当時の羽田空港に代わって新しい空港ができることになり、東京からそこへ新幹線が伸びることになった。新空港には、国鉄の肝いりの」

 その時、車が道路の縁石に向かって走っていた。

 先生は車のハンドルを切らない。

 あっ!

 寸前で、総裁が助手席から先生のハンドルを動かした!

 車は縁石を避けることができた。


 沈黙があった。


「すまない」

「ワタクシも」


 二人はそう言い合った。

 後ろの席のツバメとカオルは眠っていて気づかなかったようだ。

 いやな汗をかいた二人は、それで黙り込んだ。


 そして、その話は、そこまでとなった。



 荷物を回収して、みんなは土浦駅から特急電車で帰ることになった。

「きっぷ買ったね」

「うむ。こんどは『えきねっと』で買ったのだ」

「パスワード思い出したんですね」

「さふなり」

 ホームに降りると、電車が待っていた。

「あれ、これ、E501系じゃないですか!」

「レア車だ!」

 みんなが歓声を上げて、写真を撮り始める。

「ツイてる!」

「さふであるのう。これで帰りのE657系がK5編成だったらゾッとするぞよ」

「K5編成?」

「ああ、あのグリーン車サロの一部の窓が防弾ガラスになってるお召し運転対応編成ですね」

 カオルがうなずく。

「まさかあ」

「とは思うが」

「あ、電車来たよ」

「乗りましょう!」


 列車に乗ったみんなを、ホームからギースル氏と先生がケータイで撮っている。

 みんなも、せいいっぱいに手を振りながら、それをカメラに収めた。


 列車は、発車した。

 夕刻の特急『ひたち』は、多くのお客が乗って、それぞれに旅の終わりを満喫していた。

「謎は残ったけど、楽しかったわね」

「ツバメくんも楽しめたであろうか」

「ありがとうございます。ヒドイっ」

「ひどくはなかろう」

「デスヨネー」

「また来たいなあ」

「今年のGWゴールデンウィーク遠征はまた茨城でもよいのう」

「そうですね!」

 明るい希望に満ちた旅の終わり、フィナーレだった。

「ギースルさんのイラストも楽しみだし!」

「また来られるであろう。距離的にもちょうどよいからの」

「ええ!」


 そして、この旅は、そのまま海老名まで電車を乗り継いで、無事、終わった。


 だが、この旅の第二幕、GW遠征は、結局できなかった。


 この旅から帰った彼女たちを、未曾有の新型コロナ禍とそれに対する非常事態宣言下の過酷な自粛生活が待っていたのである。

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