奮戦自粛後編

第36話 静寂! 結局来なかった春

 2020年の春はこないまま、GWも過ぎ、初夏になった。政府の緊急事態宣言は何度も延長されたり短縮されたりしたけど、鉄研のみんなももうそれは諦めて見ていた。多くの人が仕事を時給でもらっていたため、仕事についていても勤務がなくなれば収入が減るのだが、政府はそのことになかなか関心を持たず、雇用維持といって人々をヘーキで干上がらせた。その上一律給付金はなかなか配られなかった。役所は相変わらず来庁しての手続きを前提とするのがリスクが高いと分かっていてもそれにどっぷりつかり過ぎていてなかなか脱却できなかった。

 人々は在宅勤務できるものはまだまだ少なく、仕事を失い趣味を持たない人々はリスクがあってもパチンコ屋に並んだ。

 これでも事態が収束に向かったのは、ただただ国民の忍耐によるものだった。日本国民は世界で稀に見る忍耐でこの事態をやり過ごそうとしていた。そしてそれは成功し始めていた。第二波の感染の予感に怯えつつも、人々は耐えた。

 このCOVID19は非常に狡猾で、人間の普通の感覚の逆を突く性質があり、高度な科学的思考と理性であたらないとすぐに感染拡大を招くものだった。まさに人類とCOVID19の知恵比べとなったのである。そこで日本では『行動変容』と『新しい生活様式』への転換で乗り越えようと言われた。とは言っても新しい生活様式がどういうものかは説明されてもピンとこないものだった。うがい手洗いの徹底、風邪をひいたら無理せず会社や学校を休む、とか普通に考えれば当たり前過ぎて、どこが新しいのかわからないのも実情だった。それゆえに人々は怯えを解消できず、そのせいで行動は抑制的なままで、生活は萎縮、経済も萎縮しとんでもない大不況はよくならなかった。それでも政府は楽観的かつ能天気にV字回復などと言っていた。給付金がまだ少しも届かないのにそんなこと言われた国民は不幸である。

 それゆえ、政権は見放された。そもそも自分の妻すらまともに御せない総理であるのは知られていた。その鼎が軽すぎるのは周知であり、それはこの事態の中でますます浸透、総理は孤立していた。そして嫌になって政権を放り出し、連立するもう一つの与党党首が次の総理になるという噂さえ出た。

 そんな政治だったが、経済はもっと酷かった。互いに支え合うしかないのに自分さえ良ければ、という態度に出るものが増え始めた。でもそうしても海外はもっとCOVIDで状況が悪く、タックスヘイブンに逃げようにもそうは行かなかった。なにしろ米空母の中でさえ集団感染がおき空母が行動不能になったのである。巨大企業にもCOVIDは容赦がなかったのだ。それを免れるために遠隔会議、遠隔勤務の推進とそれの邪魔になるハンコ文化の撤廃が進んだ。ほかにも企業のIT化の徹底など、怠惰な経営者が「そのうちやろう」と思っていたIT産業革命が容赦なく進んだのだった。

 通信を使った遠隔会議を使ったリモート飲み会などが流行り、外食も会食ではなくテイクアウトが流行ることとなった。外食産業が生き延びるにはそうするしかなかった。だが外食産業はそれができても、問題は旅行や観光産業だった。こればかりは遠隔ではかわりができない。旅館が料理と温泉のお湯をお取り寄せ通販にしたりしたがそれも全てで応用できるわけではない。

 ましてオリンピック需要に合わせてキャパを増やした観光産業にとってこの逆風のダメージは大き過ぎた。

 人々は昔のように賑わいでごった返す観光地の姿はもう見られないのだと思っていた。それが新しい生活様式なのだと薄々思ったのである。そんな中、感染も感染封じ込めも早かった中国でさまざまな規制が解除され、観光地に人が戻っていくのを、世界が息を呑んで見守っていた。それでまた感染爆発となったら、もう完全に戻る道は絶たれる。中国人民はそういうモルモットとなったのだが、彼らももう外出規制が長く我慢の限界であったので、半分賭けと半分自暴自棄で観光地に戻ったのである。


 2020年5月14日現在、まだその賭けの結果は出ていない。出るのは2週間後、6月ごろであろう。日本政府は緊急事態宣言の再々延長を覚悟しながら、事態を注視するしかなかった。


 そんな中、観光業のなかでもその豪華さを誇った九州の周遊列車『ななつ星in九州』のJR九州は『僕はななつ星』という動画を発表した。人々への感謝と応援の心を『ななつ星』の走る姿とそれを支える人々の笑顔で綴ったその動画は、人々の心を深く打つのだった。そして、人々はまた『ななつ星』や他のJR九州の素晴らしい観光列車でまた楽しい旅ができる日々が戻ることに、切ない願いを抱いたのだった。


 本稿でその願いがどうなるか、ここからは現実から未来、著者が思い描く願望の姿となる。それゆえ未来予測とはならないのは了承されたい。最悪、このままCOVID19の蔓延が解決せず、また解決してもまた類似したより狡猾な伝染病の蔓延が起きたり、さらに伝染病の蔓延中に地震や台風などによる激甚災害が起きる可能性は否定できない。決して楽観できる状況ではないのが実情である。そして現在、この未曾有の狡猾なCOVID19との戦いで未来予測できるものなどほぼこの地上にはいないだろう。

 それでもこうして単なる願望に近い未来を書くことを、お許し願いたい。書かねば、著者の私自身が耐えられないのです。

 すまない。

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