第11話 通過! 常磐線三河島駅
「みな無事乗車したのである」
E657系の車内に収まったみんなで椅子を向かい合わせにする。
「いつも乗る小田急ロマンスカーとは違った独特の感じがいいですね。さすが特急課金」
「課金は大事であるのだ。ファンの課金が鉄道を蘇らせることもある。とはいえ車内の乗客の皆さんの出で立ちも、どこか常磐特急らしさが感じられるのう。この列車は上野を出ると水戸までノンストップなのだ」
「E657系130キロ運転の真価発揮ですね」
「さふなり。早くもまもなく三河島通過である」
「黙祷しましょう!」
「そうしよう。安全こそ輸送の生命であるからの」
三河島駅。あの悲惨だった三河島事故の現場である。
「あれが運命の安全側線……」
昭和37年(1962年)5月3日21時37分、築堤の下から登ってきた貨物線が常磐線に合流する先の安全側線、砂利を盛った行き止まりの車止め。そこにD51牽引の貨物列車287レが突っ込み、先頭のD51が横転して常磐線下り線を塞ぎ、そこに取手行き下り2117H電車が通りかかって衝突、その先頭車と2両目がさらに上り線を塞ぎ、その電車から脱出した乗客が線路上にいるところに上野行き2000H電車が突っ込み乗客多数をはね2117Hの先頭車と衝突、先頭車は粉砕されその2両目・3両目は築堤の下に転落し線路脇の倉庫に突っ込んだのだ。死者160人負傷者296人。国鉄戦後五大事故の一つともされる。
黙祷を終えたみんなは、思わず息を吐いた。
「あのあと多重事故を防ぐための防護無線装置とかができたのよね」
「さふであるのだ。この事故の原因となった機関士のぎりぎりの労働を取り上げた岩波映画製作所『ある機関助士』も参照されたい」
「そうですわね」
「E657系、ほんとよくできていますわ。見ると網棚のフチから空調の空気が吹き出すようになっていますわね」
「凝った作りなのである。さすがは近畿車輛デザイン室の力作であるのだ」
「全席に電源コンセントがあるのもいいですね。ケータイが充電できる」
「Wi-FiやWiMAXもある。でも私達は契約してないから使えないけど」
「足元も広々してて背高いぼくでも楽です」
「カオルくんと華子くんは背が高いからのう」
「椅子も枕動かせるのがいまどきのJR東日本らしいですね。新幹線E5系みたいだ」
「そのかわりグリーン車が見劣りするようになってしまったのは残念なり」
「先代の651系はグリーン車は横3列のハイバックシートでしたからね。このE657系はグリーン車も横4列シートになっちゃった」
「でもグリーン車のグリーン車たるゆえんは豪華なサービスだけではないのだ。とはいえやはり見劣りであるのだ」
「でも……」
ツバメが口を開いた。
「ギースルさん、こういう新鋭E657系もJR新時代を築いたタキシードボディの651系も、E531系も描いたことないです」
「え、なんでだろう。地元どまんなかなのに」
「それどころか、『リゾートエクスプレスゆう』も『ゆうマニ』もEF81 81も描いてないんです」
「それはいささか妙であるのう。水戸常磐線界隈の鉄道シーンでは一番目立つものであるのに」
「頑なに描きたくないと思っているのでしょうか」
「なにか理由があるのだろうか……」
「なんでしょうね」
「というか、カオルちゃん、さっきのツバメちゃんのこと」
「まさかあ。さっきのは冗談で漫画でよくあるシーン真似しただけだよ!」
「そうでしょうか。カオルちゃんほんとうにハンサムですから、わたくしはびっくりしてしまいましたわ」
「ぼくは女の子です!」
「うむ、誤解を招く様な行動はくれぐれも慎まれたいのだ」
列車はスピードを上げて急いでいく。
「E531系快速列車とはまたぜんぜん違う車窓に見えますわね」
「それに常磐線、ほんとなんでもペッターンとしてるよね。トンネルも山もない」
「列車が高速性能を発揮するのには絶好の路線なり」
「だからTRY-Zの実験運転、ここでやったんですね」
「さふであろうの」
「でも高速運転でも安定してますね。このE657系」
「装備した車間ダンパも功を奏しておるのだろう」
「気がつけば柏も通過しましたね」
「この先の取手で複々線も終わりであるのだ」
「その先に牛久沼とひたち野うしく駅、土浦駅と霞ヶ浦、友部で水戸線と合流して偕楽園をカーブでかすめて水戸駅着ですね」
「でももう水戸駅についても、水戸駅の主『ゆうマニ』はいないのだ」
『ゆうマニ』とは『リゾートエクスプレスゆう』用の電源車機能付きの控車である。『ゆう』と塗装を揃えているのと、特殊な連結器を搭載していて、JRに便利に使われているのが有名だった。
「それがまさかあとから北海道に伊豆急ロイヤルエクスプレスのお供として行くことになるなんて思いませんでした」
「2018年7月27日にEF81 98に引かれて水戸から長野に回送されたときは、もう戻ってこぬ旅路と思うただけに、鉄道車両の運命は、げに数奇であるのう」
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