第20話 夕餉! つらい過去
鉄研のみんなの運転する模型には室内灯も装備されていて、走らせると車内が光る。店の人がそれに気付いて照明を落とし、列車は薄暗い店内を、いわゆる夜汽車のようにムーディーに走っていく。それを見ていた一般の買い物客がそのきらめきに『ほう』と思わず声を上げて魅入っている。
「手間かけて丁寧にいじってあるね」
ギースルさんが褒める。
「せっかくお持ちするんですから、整備頑張りました」
カオルがそう嬉しそうに答える。
*
楽しい模型の宴が終わり、夕餉の時間となった。ショッピングモール内の食事処で食べることとした。
食べるときも、食事もそこそこに模型を愛でながら鉄道の話をする。
「そうか。令和の時代の鉄道シーンは君たちが築いていくんだろうね。楽しみだ」
ギースルさんはそういう。
「先生たちもそうやって昭和平成を生きてきたのではないでせうか」
「まあ、俺達は、な」
総裁の問いに舘先生はそういなす。
「あの昭和末期、平成初期を生きた先生たちの記憶、伺いたいのだ」
そう聞く総裁の目がすっかり座っている。
「もー、総裁、コーラで酔っ払ってるんじゃないの? 先生もギースルさんも嫌がってるよ」
「嫌がっておるかもしれぬが、そのせいでもっとつらそうにしておるのがワタクシには気がかりなのだ」
「ははは。総裁が酔っ払ってるの、初めて見たよ。そーか、総裁はコーラで酔うのか」
「暑い……暑くて仕方がないぞよ」
総裁はそう言うと来ている服を脱ごうとしはじめ、鉄研のみんなはそれを全力で止める。
「総裁、ほんと、悪い酔っぱらいだなあ」
「ういー。ワタクシなりに色々考えておったのだ」
先生とギースル氏はドン引きしている。
「こんななかよしが疎遠になることとは、一体何であったのだ?」
「総裁! いい加減に!」
止めるツバメの語気が強くなる。
「そうだな。明日行くところで話すかもしれん」
「え」
舘先生が驚きの眼で、そういったギースルさんを見つめている。
「それは困る」
舘先生が拒絶する。
「そうはいっても、この子たち、僕らのこと気にしてこうして苦しんでるんだ」
「そうだと思うけども」
「墓場まで持っていける話でもあるまい。どこかで話は漏れる」
「でも、そんなことでは俺の託した願いは」
「お前のその願いはもう呪いに近いぐらいになってしまった。僕はもうその呪いを解いていい頃だと思う。関わった連中は墓場かその手前にもう差し掛かってる」
「でも不用意にそんなことしたら、全部ご破算だぞ」
「そう思うかもしれない。だが、時間がたつと出る答えだってある」
「とはいえ……」
舘先生とギースルさんが言い合っている。
「時間が解決することだってある」
「そんなこととは思えない」
「思えないかもしれないが……。舘、ほんと、おまえ、変わんないな」
「貴様こそ。昔と同じだ」
「そうだな。でも僕は感謝してる。感謝してるからこそ、今のお前が見ていられないんだ」
「見なきゃいい」
「またそんな強情を」
「20年近く我慢してきたんだ。あと20年ぐらいすれば俺の背中からもその荷物が下ろせる」
「40年も秘密にする気か? 100年近くも塩漬けにしておいていいのか」
「その覚悟だった」
「それじゃ本末転倒だろ。これに関わったみんなが100年蓋をしておいてくれとは思ってないと思う。それに100年蓋をしても、その先また100年蓋をするのか。合計200年だぜ? いくらなんでもじゃないか?」
「良い答えが出るまではいくらでも我慢してやるさ。くそ」
「我慢しきれてないじゃないか。それでこの子たちを巻き込んでる」
えっ。ギースルさん、ぜんぶわかってたの!?
「お前だって、この子たちに託す気になったんじゃないのか? だから高校鉄研の副顧問してるんじゃないのか」
舘先生は答えない。
「いい子たちじゃないか。僕らのためになんとかしようとがんばってる」
「だからなおさら」
舘先生はそこで言葉に詰まった。
「先生もギースル氏も、我々の前でイミのわからぬ言い合いをしてどうするのだ」
総裁も加わった。
「もー! 酔っぱらい三つ巴になってどうするんだって、こっちが聞きたいです、ヒドイっ!」
ツバメも介入した。
「なにがあったかわからないけど、わかる気もする」
ツバメが叫び気味に言う。
「でも、こうなったら、腹割ってちゃんと全部話すか、もう一切話さないかどっちかにしてください! ヒドイっ!」
言い合っていた3人は、そこで水をかけられたように呆然としている。
「ツバメくん……」
「もやもやしてるままは辛いです」
ツバメは泣きそうな顔になっている。
「ただでさえ私のことで鉄研が割れるかもしれないって心配していたのに、ここでそれがさらにばらばらになるなんて!」
――ツバメちゃん。そんなこと気にしてたの!
御波ははっとする。
「斯様なことはないぞよ。我が鉄研は斯様なことで空中分解はせぬ」
総裁がなだめる。
「もうバラバラは、イヤ……」
「ツバメくんどうしたのだ?」
「エビコーに入学したのも、もともと中学の美術部がばらばらになったからなんです」
――初めて聞いた!
ツバメちゃん、そんな辛いことが?
「ひどいいじめがあって。私、そのいじめられた子を救えなかった。それどころか、そのせいで部がばらばらになったことにされた。だから、御波ちゃんが高校で鉄オタいじめ受けそうなとき、抵抗しようと思った」
ほんと!?
「そこに総裁が現れた。総裁の片舷斉射でいじめっ子は圧倒された。でも、あのとき」
ツバメは涙していた。
「すごく怖かったし、辛かった!」
「さふであったのか」
総裁がツバメの背を擦る。
「だから、もうばらばらになってほしくない!」
「ならぬ。そんなことにはならぬ」
「そうだよツバメくん。ぼくもそんなこと望んでない」
「ああ。ツバメ、辛かったんだな。すまないな」
総裁とギースル氏と舘先生が次々となだめる。
「ツバメくん、すまぬ」
ツバメは涙を拭った。拭うのに取り出したはあのときと同じ、E5系新幹線のハンカチだった。
「ツバメくん……」
ぐずっているツバメを、ギースルさんが抱きとめた。
その胸でツバメはまた泣き出した。
普段ややボーイッシュなところも見せる彼女の思いがけない女の子っぽい姿に、みんな、言葉もなかった。
「じゃあ、いったんここ締めて、家に帰ろうか。だれが風間のとこか、うちに泊まるか決めてくれ。明日またうちに集合して、朝食食べたらいいところに連れて行ってやっから」
「本当ですか」
「ああ。レディーを泣かせた償いさ」
舘先生はそう言った。でもその口調は、いつものあぶデカのマネのふざけた口調ではなかった。
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