第34話 五月! なのに霜枯れる!
「うむ」
総裁は買ってきたアイスを食べている。
「んまい」
みんなはZOOMで互いをみながら、それぞれの家で工作を続けている。
「華子ちゃんもチップLED配線できるようになったね!」
「うん。カオルちゃんの教え方がうまいから、ぼくでもできるー」
「華子は実はかなり聡明であるからのう」
「実は、ってー? またぼくをばかにするー」
「そういう華子さん、愛くるしいですわ」
詩音も工作を続けている。
「しかし、これでもうそろそろ4月からの毎週YouTube配信、ネタが尽きてきたね」
「うむ」
総裁はアイスを夢中で食べている。
「コロナ、解決しないかなあ」
「長期化っていってたよね」
「でも緊急事態宣言の解除がもうすぐたという話も」
「神奈川は解除まだでしょうね」
「んむ」
喋っているみんなに構わず、総裁は夢中でアイスを食べている。
「でも自粛って、たいしたことしてないのに案外疲れるもんだよねー」
「うちのお父さんもリモートワーク慣れないって言ってた」
「御波ちゃんのお父さんは帝京電気横浜工場の工場長だもんね。新幹線のVVVFインバータとかパンタグラフとか、昔は機関車そのものも作ってた」
「それを鉄研で見学させてくれたのは楽しかったなあ」
「大変有意義な見学でございましたわ」
総裁は食べ終わった。
とたんに総裁の目の色が変わる。
「うむ。全て謎が解けた」
「えっ、名探偵コナンじゃあるまいし!」
総裁の言葉にみんな驚く。
「やはり脳への栄養がいささか不足しておったようだ。アイスで補充できたと思う」
「そんな早く吸収できるのかなあ」
「む。良いヒントとなった。尾湊鉄道の今回の事件も」
「え、尾湊とC63、関係あったんですか」
「うむ、おそらく」
「どういうことでしょう」
「うむ。まず舘先生の行った攪乱作戦。おそらく、深夜の大宮駅にいた鉄道ファンをすべて引きつけるような行為だったのだ。鉄道ファンでなければ、深夜大宮を出発するC63に気づかぬように偽装することは可能だ。ボイラーの火を落とし、ビニールシートを被せれば、関心のない一般人はタンク貨車や保線車両と区別はできぬ」
「一般人ってそんなもんですかもね」
「そこで、ファンを引きつけてしまう行為。それは、いちばんファンを嫌がらせること」
「なんだろう」
「人を動かすのに一番都合いいのはその心に訴え、刺激すること。とくに熱心なファンであるほど刺激されるようなこと」
「総裁、それはなんですか」
「鉄道ファンとして、見ていて一番放っておけないこと」
「??」
「言い換えれば、我慢できないほどに許せないこと」
「……鉄道の迷惑行為だ!」
「さふなり。極端な迷惑行為は、鉄道ファンを激しく刺激する。ファンとして許しがたいことがあれば、多くのファンはすぐに止めに入る」
「まさか、舘先生がそんなことを」
「やったのだろう」
「ええっ。そんな」
「国鉄の一部職員と通じ合った舘先生はそれを引き受けたのだ。それも、おそらく国鉄となにかを交換条件にして」
御波とカオルも気付いたようだ。
「まさか……でも『うのはな』の廃車とは時期が違う。早すぎる」
「いや、約束でもそういう約束はできる」
カオルはそう言った。
「舘先生、悪役を演じる代わりに、国鉄とJRに約束させたんですね。成田のその秘密車庫のC63の隣に、あとで任意の車両を保存させる権利を」
みんな、唖然とした。
「さふであるのだ」
「それですべてが繋がる。舘先生はその約束と引き換えに、鉄道ファンの自分がいちばん許せない迷惑行為を大宮で演じた。でもそれはJRと事前にうちあわせて、合意したものだった」
「どんな行為でしょう」
「運転に係るようなことだけど、すぐに復旧させられるもの。おそらく、ホームの放送装置を乗っ取ったんでしょう。勝手にマイク使って何かを放送した」
「えええっ」
「歌でも歌ったのかもしれません」
「ホームのマイクで勝手にカラオケ!!」
「そりゃファンは激怒しますよね」
「おそらく、舘先生はワイヤレスマイクで何かを歌ったんでしょう。それでファンとホームで捕物になった。ファンは止めるために全員集まる。その間に偽装されたC63は大宮を出発、成田に向かって回送されていった」
「そして先生はファンにボコボコにされ、駅員や鉄警隊に突き出される。でもそのまえに駅員が先生を保護する。打合せ通りに」
「でも先生の自己嫌悪はすごかったですよね。愛する鉄道を守るため、鉄道を一番愛さない行為をするなんて」
「さふであるのだ。ただ、先生のつらい思いは、それだけではなかった。おそらく、その後でJRの一部が、裏切りをしたのだ。そこまでやれとはいってない、とか言い出したのだ」
「ええっ。ヒドイ! だって、自分たちのむかっ腹たった腹いせで作って、自分たちの栄誉栄達のためにジョーカーにしたC63の尻拭いを、ファンをそそのかせてさせて、しかもそれを裏切るって、いったいなんなんですか!」
「ところが、組織がでかいとそういうことは発生してしまうのだ。なにしろ、都合よく身内の範囲を変えてしまうのが組織であるからの。いいときはみんなで国鉄一家、都合が悪くなればおなじ国鉄でもアイツラ呼ばわりであろう」
「役所でもありがちなことですよね」
「それに関わったものはたまんないことこの上なしであった」
「そりゃ先生、梯子外しに激怒したいでしょうけど、それが強い自己嫌悪にもなりますよね」
「だから、失意で阿字ヶ浦にふらふらとたどり着いたんですね」
「おそらく。そこでギースルさんに助けられなければ、舘先生の人生はそこで絶たれていたであろう」
「ギースルさん……」
「だけどギースルさんは舘先生を力づけた。自由になったC63のイラストで」
「ご名答である。そしてそれがあの舘先生がマンションで持っていたイラストなのだ」
「でも、C63はどこを走ったんですか? 成田までの回送はおそらく他の機関車の牽引にぶら下がっただけです。自力で走ったところを見ないとあの絵は描けませんよ」
「それが、C63を走らせるのに丁度いいところがあったのだ。人家から程よく離れていて、ファンの目を普段は引かない、それでいて密かに魅力的な風景のある路線が」
みんな、思いつかない。
「そう。思いつかぬのだ。ワタクシも不勉強で知らなかった」
総裁の口が、また開いた。
「彼の最近の写真ツイートを見るまで」
みんなの目が、驚きで大きく見開かれた。
「C63は、そのとき、尾湊鉄道を自力走行した!?」
総裁は、うなずいた。
「えええーっ!」
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