第4話 訪問! 楽しい宴

 本厚木駅から数分の高層マンションが舘先生の住居だということになっていた。

 エントランスはホテルのようなロビーになっている。間接照明に照らされベージュでカラーコーディネートされた室内に、いかにもモダンなソファーが並んでいる。

「結構新しいマンションだよね。これ、多分管理費とかいろいろ高いですよ、きっと」

「さふであろうの」

 御波の観察に総裁がうなずく。

「ぴんぽーん、だてせんせいー」

 華子が代表してそのエントランスのインターホンを押す。

「『ぴんぽん』って口で言っちゃうところが可愛くて華子らしいよね」

「いかにもであるのだ」

『はいよー』

 インターホンのスピーカーから舘先生の声が聞こえる。

「あ、舘先生。きましたー」

『いいよー』

 オートロックのゲートが開いた。


「306号室だったよね」

 みんなはメモ片手にマンションの共用廊下を歩いた。

「ここだ。だてせんせいー」

「ああ、いらっしゃい」

 舘先生がドアを開けた。往年の『あぶデカ』、『あぶない刑事』の柴田恭兵か舘ひろしかというダンディーな男が舘先生である。そういう昭和末期のステキな雰囲気に部員たちはメロメロで、みんなで『動態保存の昭和』と呼んでいるほどだ。

「おじゃましますー」

「まだ片付け完全に終わってないんだけど」

 先生は苦笑している。

「え、片付けちゃったんですか? 私達でお手伝いしようと来たのに」

「レディーたちにそんなことはさせられないさ」

「レディーだって。てへー」

 華子がテレている。


 みんなで部屋に入る。

「あれ? あんまりテツなグッズとかないですね」

「ああ。……ほとんど茨城の実家に置いてきたからな」

「先生、茨城人ですもんね」

「あれ、でも、それなのにあんまりガルパングッズもないですね」

「まあな」

 先生は苦み走った笑いで答える。

「その代わりに私たちとの記念撮影の写真飾ってある」

「これはわれらの夏の鉄道模型コンベンションの時の写真であるのう」

「うん。やっぱり君たちの活躍が楽しみだからね」

「ありがとうございます!」

「そりゃ、おれ、君らの副顧問だもの」

「デスヨネー」

 先生はそう言いながらみんなのぶんのコーヒーを用意している。

「このとなりの写真は、昔の先生であろうか」

「先生、若―い!」

「習字教室の様子に見えるのう。お寺の一室を借りたのであろう。子どもたちの表情が生き生きしていて好ましいのう」

「ステキですわ」

 みんなでそれを見る。

「他の写真はー!」

「そんな要求してしまっては先生も困ってしまいますわ」

 詩音がたしなめる。

「コーヒーカップとコップと湯呑あわせて7個ですね」

「食器足りなくてな。すまない」

 舘先生がそう謝る。

「いかにも男の一人暮らしであるのだ」

「総裁そういうの言っちゃダメですよ」

「いいよ。まあ、そういうもんだから」

 先生は微笑む。

「華子ちゃん、お弁当出そうよ」

 御波が促す。

「えー、まだお昼前だよー」

「でも出しておきましょうよ、華子さん」

「そっかー」

「ふぬ?」

 総裁は気付いて変な声を上げる。

「なんであろう? なにか包まれた大きな額があるのだが」

「ああ、これね」

 先生が見せた。

「おお、これはC63のイラストでありますな。実機が製造されなかった、国鉄最後に計画の幻の蒸気機関車」

「ステキですわ。実機は1両も実在しなかったのに、本当に走っているところを見て描いたような、すばらしい躍動感にリアリティですわ!」

 詩音がイラストを評する。

「ありがとう」

「先生が描いたのでありますか?」

「まさか。友人だよ。北関東時代の」

「おおー!」

 みんなで歓声を上げる。

「というか、この作風、最近鉄道イラストで活躍してる『ギースル800』さんっぽい」

「あ、ほんとだ!」

「ああ。そのギースルに描いてもらった」

「ええっ、ギースルさん、先生の友人さんなんですか」

「ああ。古い仲だ」

「ええっ、すごーい」

「まあな」

 みんなでしばらくイラストを見つめる。

「ふむり」

 総裁がなにかに気付いた。

「総裁、どうしました?」

「む、なんでもないのだ」

 でも総裁は深く何かを考え込んでいる。

「華子くんのお弁当、なにかな?」

 舘先生がそう話を変える。

「おとーさん特製の新春折り詰め弁当ですー」

「開けていい?」「どうぞー」

 先生はそう言って包みを開けた。

「ほう、すごいな」

「へー!!」

 みんなで感心する。

「おせちみたい! 華やか!」

「食べて楽しいおせち風味ですー」

「ええのう」

 総裁も喜んでいる。

「じゃ、せっかくだから食べながら見るように模型でも出すか」

 館先生が納戸を開けて持ってきた。

「レール敷いて。車両出すから」

「あいあいさー」

 みんなで手馴れた手つきで模型のレールを敷き、パワーパックを配線する。

「じゃ、まず371系『あさぎり』」

 そう言って先生は灰色のケースから純白に青ラインの車両を取り出す。

「おおー、運転台シースルー加工してある! 製品のままだと運転台、ライトユニットで埋まってるのに」

 371系、JR東海が小田急新宿-沼津間で運転していた列車である。

「このクルマ、運転台の後ろからの展望がよく効いたからな。これが充当されてた新宿発17時の『あさぎり』の車窓はステキだった。沿線の桜のトンネルを抜けていくみたいでな。あのころは地下複々線化がまだだったから、列車は遅かったけど桜が綺麗だった」

「先生、乗ったことあるんですか?」

「何度も乗ったさ。それにおれ、ボギーのロマンスカーが好きなんだ」

「え、小田急ロマンスカーって言ったら連接車じゃないんですか」

「いや、その着眼はさすが館先生らしいところかもしれぬ」

 総裁はそううなずいている。

「じゃ、次、24系夢空間北斗星」

 先生が車両ケースからカラフルな客車列車を取り出す。

「おおー、トミックスの方ですね! フル室内灯にしてある!」

「牽引機はEF81 81ですね!」

「常磐線乗り入れの再現ですか。さすが茨城人」

「撮影に朝早くからでかけたの覚えてるよ」

 舘先生が思い出して言う。

「ええのう」

「それと、これはスペシャル」

 先生はさらにケースから取り出す。

「なんでしょう?」

「わ! 485系『リゾートエクスプレスゆう』だ!」

 かつて常磐線を走っていたJR東日本水戸支社のリゾート列車の模型だった。

「すごい! これ、近鉄アーバンライナーから改造して作ったんですね!」

「アーバンライナーなのにどうやっても『ゆう』にしか見えない!」

「製品でも出てないからこれは貴重ですわ!」

「自作のためにこの手があったかと感心させられるのう。さすが先生」

「まあな。そしてこれ」

 先生はまだ出す。

「『TRY-Z』だ!」

「E991系(初代)!」

「在来線最強の試験電車! 常磐線の幻の白い稲妻!」

「新幹線400系と700系の先頭車模型からつくってあるんですね。それなのにこれもTRY-Zにしか絶対に見えない」

「こういう豊かなイマジネーション、舘先生さすがだなあ」

「ははは。こんなことばっかりやってたのさ」

 そう笑った先生だが、直後にひどく寂しそうな表情になった。

「うぬ?」

 総裁と御波が気づく。

「いや、なんでもないさ。じゃ、お弁当いただこうか」

 舘先生はまた微笑んだ。

「そうですね!」

 御波がそう言ってお弁当をとった。

「……さふであるな」

 総裁も続いた。

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