第3話 オタク! 訪問!

 令和2年、新春の早朝の海老名駅。テツの朝は早い。

「正月は四方の春、御代の春ともいうのだな」

 総裁が華やいだ海老名駅コンコースを眺めて言う。

「なんですかそれ」

 御波が聞く。

「ケータイアプリに『日本語シソーラス』を入れたのだ。似た意味の言葉が引ける辞書なのだ。言葉を言い換えたい時にものすごく重宝するぞよ」

「総裁なんでそんなの持ってるんですか?」

「勉強のためであるのだ」

「でも総裁、将来鉄道関係の仕事に着くんじゃないんですか? そこまで言葉のこと入れ込んでも」

「うぬ? 言葉の勉強は何をやるのでも基礎であるぞ。正確に物事を表現して読み取れなければ法律学も工学も真の理解にはたどり着けぬ」

「たしかにそうね。言葉って大事」

 御波はうなずく。

「そしてまた総裁も御波ちゃんも待ち合わせのこんなずっと前に集まってるんだもんなー」

 総裁と御波2人で待ってるところにツバメがやってきた。

「鉄研時間は指定時刻にマイナスの補正が働くのだ。帝国海軍以来の『五分前精神』であるぞ」

「もー。『艦これ』が流行ってるからってなんでも海軍ミリタリーネタにしないでください。ヒドイっ」

 ツバメが眠そうにしながらツッコむ。

「総裁の海軍ネタはプラモデルから来てるのよ。総裁、小さな1/700の艦船模型作ったりしてるし、模型の説明書が大好きだもの」

 御波が解説する。

「あれは読み込むと実に楽しいものぞよ」

 総裁はそう不敵に微笑んでいる。

「もー。鉄道だけでネタが濃いのに艦船まで手広げないでください。あ、詩音ちゃんが来た」

「みなさま、おはようございます。あら、遅れてしまいましたかしら」

 詩音はいつもどおりに優雅に口を隠している。

「まだ待ち合わせ20分前ですよ。非常識だなあ。私たち」

 御波はそう呆れる。

「それは今更だよー」

 そこに華子も大きな包みを持ってやってきた。

「館先生とみんなの分お弁当作ってもらってきたよー。7人分だからちょっと重たいー」

「うむ、手伝おう」

「助かるー」

「そもそも総裁の食べる分が多いのよ。総裁ほんと燃費悪いから。ヒドイっ」

「うぬ、人をかつての蒸機のようにいうでないぞよ」

 総裁はそういやがる。

「でも蒸気機関車は石炭より水のほうをいっぱい使ったんですよね。蒸気作ってもすぐ捨てちゃうから」

 御波がそういう。

「そうですわ。それでかつて大陸横断列車などの牽引に当たった長距離用蒸機には復水器、コンデンサーが備えられて蒸気を再利用するようになっておりましたわ」

「蒸気機関車、調べるとほんと奥が深いもんね。D51のバリエーションとか、C62の迫力とか。でもそこからハマってあって、満鉄『あじあ』号用もすごいけどドイツDRGの機関車たちもすごいなー、ってズブズブとハマったのよね。H02なんて蒸気圧120キロの試験機、運転速度175キロのタンク機関車DR61、8シリンダをV型配置した特殊構造のDR19-10とか」

 ツバメがウキウキという。

「ツバメさん、いきなりそんな怪物蒸気機関車の話ばかりしても読者さんはついて来られないのですわ」

「でも詩音ちゃんも好きだよね怪物機。ああいうのもメカとしてすごく楽しいし」

「そうですわねえ。ほかにマレー式やフェアリー式も素敵ですわ。ガーラット式の壮大さも魅力たっぷり。蒸気機関車は効率悪いみたいに仰る方も多いのですが、様々な燃料を自由に使えたり、寿命が長く使えるとか一時的な過負荷に強いところなどは蒸機の長所ですわ。精度よりも熟練を要するところ、高速運転が苦手なところ、低速運転だと出力ピークが合わなくて苦手なところ、始動と走行後の手間と時間がかかるところ、運転操作だけでなくボイラーへの給水給炭操作のためにどうやっても2名乗務が必要なところ、ボイラーを稼働させるために運転室にエアコンが使えない、ボイラーが邪魔になって運転室からの視界が悪くなりがち、発揮性能が運転しているうちに大きく変化してしまう、煤煙やガスが大量に出てしまう、火の粉が火事のもとになる、保守が難しい、逆向き運転が苦手なところはありますが、蒸気機関車はそれでも素敵なのですわ」

「……詩音ちゃん、それメチャ蒸機ディスってる気がするけど。ヒドイっ」

「あら、そんなことは。ディーゼル機関車の初期はよく熟練機関士の運転する蒸気機関車がサポートについたぐらいですわ。蒸気機関車は人間の五感と体力をフルに使うことで予想以上の性能を発揮するのが、とても素敵なのです」

「まあ、でもその分人間の疲労もすごいし、汗と煤でドロドロになるので機関士さんのために駅にお風呂用意してあるのが当たり前だったなんていうわね」

 御波がそう加える。

「労働環境としてはサイアクだよー。写真撮ったり乗ったり見たりするだけなら蒸気機関車楽しいけど、やっぱり電気ディーゼルに置き換えられるのは仕方ないよー」

「そうですよ。電気機関車もディーゼル機関車もエアコンつけられますし」

 華子とカオルがいう。

「時代と文明の発展で退かなくちゃいけなかったのは仕方ないけど、でも私たちはそれを忘れちゃいけない。電気やディーゼルだっていつか蒸機のように追い出されることはないとは言えないもの」

 御波がそうまとめる。

「さふであるな。電気もディーゼルも、その進化は凄まじく、それによってちょっと古い電気機関車やディーゼル機関車も激しく駆逐されていっておるからのう」

「インバータ搭載の電気機関車EF200ですら、もう駆逐されてしまいましたね」

「さふなり。では出発の時刻となったな。参ろうか」

「そうですね」

 みんなはそれで、ぞろぞろとPASMO片手に小田急線の改札口に向かった。

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