第16話 名店! みんなでお昼ごはん

 彼、ギースル氏の車は、みんなを乗せて土浦の町中の道路をゆく。

 その途中のバイパスの路面に波打つような大きな舗装の破綻がいくつもある。

「こういう道、初めてですわ」

 乗り越えるときに車が受けるショックに、詩音がまた困り顔になる。

「こういう地域の課題を知るのもまた旅の効用であり、研究であるのだ」

 総裁はそういう。

「ごめんね」

 彼が謝る。

「うぬ、これは氏の責任ではあるまいと思うぞよ」

「そうか。もうすぐお昼ごはんだ。見えてきた」

 車から見えてきたのはファミレスのような体裁のレストランだった。


    *


「店内なかなかおしゃれですー」

 外見はファミレスだったが、店内は思いの外の本格レストランであった。

「本格メキシコ料理のお店なんですわね」

「そうだよ。ここは肉と豆料理がいいんだ。お酒は飲めないから……ノンアルコールのシャンパンをお願いするか」

 店の女性ソムリエがやってくる。

「じゃ、オピア・シャルドネ・スパークリングをボトルで。グラス7個おねがいします。料理はバッハコンボとテーブルサイドガッカモーレ。あとメキシカンチリチーズポテトも」

 慣れた感じで彼が注文し、かしこまりましたと彼女が下がっていく。

「よくお召しになるんですか」

「ああ。このチェーンの横浜にある店に昔よく行ったよ。その頃からだ」

「舘先生も、ですか」

 彼は一瞬言葉を選んだ。

「……ああ。あのころ、俺達は暇さえあれば横浜や東京に何度も行った」

「撮り鉄乗り鉄遠征ですか」

「そうだ」

 彼はそう言うと、また寂しげな目になった。

「あのころ、な」

 鉄研のみんなも言葉が出ない。

「でも、あのころ、80年代末の横浜といえば、横浜博がありましたよね!」

 御波がそれでも口火を切る。

「ああ。夢空間24系客車が横浜博で展示されてるのも何度も見に行ったよ」

「あの寝台車にはお風呂がございましたわね」

 詩音も続く。

「ああ。ユニットバスみたいなもんで、しかも窓も何もないやつだったが」

「あこがれますわ!」

「今の四季島や瑞風にもあるが、夢空間のはそういうのに比べるとかなり野暮ったかった。まあ、かなり久しぶりに作った車内風呂だから仕方ないとは思うが」

「そうですわね。大昔、大陸の鉄道にお風呂があったそうですが、その資料はほとんどございませんわ」

 詩音は目を輝かせている。

「そうだな。うちのじーさんだったら何か資料のツテがあったと思うが、もういないからな」

「すべては歴史の彼方へ、ですな……」

 総裁がそう受ける。

「ああ」

 彼はちょっとまた言葉を選んだ。

「いっそのこと、歴史の向こうに綺麗に全部行ってしまえばいいこともあるが」

 みんな、??と目を見合わせた。

「まあ、いいさ」

 そう彼が捨てるようにいった時に料理とボトルが運ばれてきた。

 だが、そのボトルの栓を抜くのには女性ソムリエ、あまりにも華奢な手であった。

「あ、そうだ。ちょっと僕に開けさせて」

 彼は微笑みながら申し出る。

「僕もソムリエ持ってるんだ」

 彼が慣れた手つきで布ナプキンをかぶせて栓を抜く。ポンという景気のいい音がして栓が抜けた。

「これ、意外と力いるからね」

「お見事であるのだ」

 総裁がソムリエさんとともに褒める。

「では、いただきますしよう」

 ソムリエさんが下がったあと、彼が促した。

「美味しい!」

「なかなか本格的なメキシコ料理と拝見したぞよ」

「よかった」

 彼は微笑んでいる。

「ギースルさんのお描きの挿絵の鉄道小説シリーズ、我らの愛読書であるのだ」

「駅弁の掛紙も!」

 鉄研のみんなが食べながら言う。

「ありがとう」

 そう言いながらも総裁たちは食事に忙しい。

「よく食べるね。ほんと、健康さが眩しいよ」

 彼は笑う。

「それにしても総裁は燃費が悪すぎますよ」

「燃費メートル単位の戦車かってほど食べるんだもんなー。少しこういう場では自重しましょうよ」

「うぬ? ワタクシは歓待を受けたらしっかり味わって食べるのが礼儀と思うておったが」

「都合いいときだけ礼儀っていわないでください、ヒドイっ」

 ワイワイと食べる鉄研の6人である。

「君たちいつもそうなんだね」

「さふなり。これが我らの日常なり」

「ほんと、楽しそうでいい。こっちまで楽しくなってくる。高校時代はそうやって過ごすのがほんと、正解だよ」

 彼はそう言ってゆっくりとグラスを傾ける、

「恐縮なり」

「また恐縮がずれてますよ」

 彼は笑う。

「舘のやつも毎日楽しいだろうな。こんな子たちが教え子ってのは、教員として冥利に尽きるだろう」

「それが」

 御波がいいかける。

「舘先生、それでも時々つらそうで」

「……そうか」

 彼もちょっと顔を曇らせた。

「そうかもしれん」

 彼は考え込んでいる。

「御波ちゃん、もう食べるのなくなっちゃうよー!」

 華子がそこにかぶせるようにいう。

「あ、もうなくなっちゃうの! みんな食べるの早っ! ひっどーい!」

「弱肉強食であるのだ」

「食べざかりだなあ。じゃあ追加注文してちょっとトイレ行ってくる。すまん」

「ありがとうございます!」

「ごゆっくりー!」

 みんながそう元気にいうのを背に、彼は店の奥に消えていった。


    *


「御波ちゃん空気読んでよー」

「ええっ、そんなタイミング悪かった?」

「なかなか際どかったぞよ」

「総裁にまでそう言われるのは心外だなあ」

「でも、彼もやはり舘先生のなにかを知っておるな」

「そうですよね……」

「だがそれを問いただすのは本当に良いことなのか、ワタクシの金剛たる信念においてもいささか躊躇わざるをえぬ。古傷を無用にムシるのはもともと禁忌であるからの」

「そりゃそうだけど」

 みんなは考え込んだ。

「でも、思い切って聞いちゃわない? いろんなこと、ストレートに」

 御波が提案する。

「うぐ、それはリスクがあまりにも大きいぞよ」

「総裁らしくないなあ。いつも無鉄砲なことばっかりしてるのに」

「心外なり」

「でも、そりゃビビりますよ。下手すりゃみんなで日本の交通の歴史の当事者になっちゃいますから」

 カオルがそう口を尖らせる。

「そうだよね。ほんとにもー」

 鉄研のみんなは一斉にため息を付いた。

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