第17話 見学! 彼のアトリエ
食事を終えて、一行はいよいよギースル氏のアトリエへ向かう。
「あれだ」
ロードサイド街、バイパスにそって並ぶ店舗、電気量販店やファミレスやガソリンスタンドの並びに入っていく。住宅街を抜ける道はどんどん細くなり、そしてそれは農道につながった。そのつながる十字路を曲がり、常磐線の築堤を細く古めかしいトンネルでくぐると、そこに屋敷森に覆われた大きめの古い農家があった。
「ここだ。おつかれさま」
それがギースル氏のアトリエだった。ちょうどさっき過ぎた築堤をE657系の特急が駆け抜けていく。
「よく見えますね」
御波が言う。
「幼い頃からあそこを通る列車をいつも眺めてたよ。ぼくの鉄道好きはその頃からだ」
「ということは常磐線のC62もごらんであったのでありますか?」
総裁が聞く。
「昭和42年にはもうC62はいなくなっちゃったからなあ。ぼくが覚えてるのはED75牽引の列車だよ。あと寝台特急『ゆうづる』とか、401・403・415系中電とか、483・485系、583系がガンガン走ってた。そして高校になった頃JRが発足して651系とか『TRY-Z』やクハ415-1901、『リゾートエクスプレスゆう』と『ゆうマニ』といったレア車が次々と現れた」
「常磐線は華やかであったと聴いております」
「ああ。あのころ、僕たちは国鉄の最後の輝きとJRの新鮮さに心を奪われてた。だから……」
そこで彼の口が止まった。
「いや、なんでもない」
総裁は訝しんでしまう。
「いいんだ。じゃあ、アトリエを見せるよ。散らかってるけど」
「拝見します! おじゃまします!」
みんなで靴を脱いで木造の大きな母屋から離れに歩いていく。
「ご家族は?」
「身体悪くした父と認知症の母がいるんだ」
「大変ですね」
「今どきの僕ぐらいの年齢ならそういう家族がいてもフシギはないさ」
「そうかも知れぬが……」
「にもかかわらず、家族っていいものなんだ。幸いイラストは在宅で出来る仕事、家族を大事にできる。ぼくは運がいいんだ」
「そうなのでありますか」
「ああ。こういう仕事は、能力と運が無いとね。いろんな仲間がいたけど、結局うまく行かないものが多かった。それと僕を分けるのは、詰まるところ、運じゃないかと思うよ」
「努力なさってても」
「そうさ。努力ならみんなやってる。それでも諦めざるを得なくなった人間は多い」
彼は古びた木造家屋の窓の外の遠くを見た。
「運だよ。結局」
みんな、言葉もなかった。
「あ、液晶タブレット」
「うん。仕事道具だからね。アナログ絵のための画材も揃えてる。ただ、散らかっちゃってて描くにはまずモノ探しになっちゃうけどね」
「いろんなフィギュアとかプラモデル、鉄道模型も」
「資料として揃えたんだ」
「いいですね! ステキだなあ」
「ありがとう」
彼は微笑み、アトリエの傍らの小さな冷蔵庫を開けた。
「飲み物だけこれに入れてあるんだ。何か飲むかい?」
「え、わたくしは……」
詩音が顔を赤くする。
「詩音ちゃん、お酒飲みたいと思ってない? 教育上悪いわよ。一応私達『鉄研でいず!』は健全な鉄道模型趣味啓蒙って建前があるんだから。ヒドイっ」
ツバメがそういう。
「いえ、そういうわけでは……」
困惑する詩音に彼が言う。
「ソフトドリンクあるよ。コーラとかジンジャーエールとか」
「ありがとうございます。でもその前に、お水をいただけますか。わたくし、お食事のあとのお薬を飲み忘れてしまって」
詩音はそう困り顔で言う。
「あ、ぼくもです。スミマセン」
詩音とカオルがそう言ってポーチからピルケースを取り出した。
「ありゃ、二人は身体が悪いの?」
「詩音ちゃんは身体弱くて1年学齢遅らせてるんです。カオルちゃんはギフテッドだけどそのせいで体壊しちゃってて」
ツバメが添える。
「若いのにたいへんだ」
彼はそう言いながら傍らの流しで水を汲み、「氷入れる?」と優しく聞いた。
「ありがとうございます」
その間にみんなはアトリエの中を見学している。
「あ、これ」
そこにあったのは、蒸気機関車C63のスケッチだった。
「ああ、これね」
「舘先生のところにもありましたね」
「そうさ。描いて贈ったんだ」
「ステキですわ」
「……そうでもしなかったら、俺の気持ちが済まなかったんだ」
小さく彼はつぶやいた。
「えっ!」
みんな驚く。
「いや、なんでもない」
彼は頭を振った。
「じゃあ、少し描いてるところ見るかい? なに描こうか」
「リクエストしていいですか?」
御波が言う。
「いいよ。描けるものならいいんだけど」
「じゃあ、わたしたちのフラッグシップ周遊列車『あまつかぜ』!」
「えっ。それはちょっと。それ、自由形鉄道模型だよね」
「やっぱり無理ですか?」
彼はちょっと考えた。
「じゃあ、資料見せてくれればなんとかなるかも」
すると、総裁がバッグから鉄道模型のブックケースを取り出した。
それにはテプラで『周遊列車あまつかぜ』とマークされている。
それを開ける総裁に。彼はすぐに傍らの鉄道模型のレールを取り出した。
「では失礼します」
と総裁がそのレールに模型を並べる。
「出来は保証しないよ」
と微笑みながら彼は液晶タブレットをつないだタワーPCを起動した。
パスを入れてOSにログインする。彼の作業机には液晶モニターが40インチ4Kのものと23インチが3台、モニターアームを使ってマルチモニタとして配置されている。それを彼は慣れた手付きで操る。使っているキーボードはマイクロソフト・ナチュラルキーボードだ。キーの配列がラウンドしている特殊な形である。
「これを知り合いに勧められてね。これだと長い時間原稿打ってても肩が楽なんだ」
「文筆の仕事もあるんですね」
「自由業はなんでもやらないとね」
彼はそう笑って、ペイントソフトを立ち上げ、液晶タブレットのペンを使い始めた。
「下書きからもう液タブなんですね」
「ああ。こっちのほうが早いからね」
みんなでその彼の制作の様子を見つめる。
「これで終局かな。まだざっくりだけど」
彼はそう言うと、液タブで描いた絵を、みんなに見やすいように40インチディスプレイに表示した。
「すごい……」
「もとの我らの模型よりかっこよくなっておる! 見事なり!」
「勝手に情報量足したところもあるけど」
彼はそう恐縮する。
「いえ、素晴らしいイラストにしていただいてしまって。なにもお礼をせずには」
「あとでもっと仕上げに手を入れたものを送るよ」
「ありがとうございます!」
「すごく参考になりました!」
みんなでお礼を言う。
「今夜どうすんの? これから神奈川に還る? だと少し急がないと電車なくなるよ。とはいえうちには全員は泊まれないよ」
「うむ、ここはまたどこか宿を探さねばならぬ」
「そうか、宿探すのか」
彼は考えた。
「じゃあ、また車に乗って。いいところがある」
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