第19話 走行! イオンモール

「予約の舘です」

「上のレイアウト貸し切りでしたね。お待ちしておりました」

 買い物客でにぎやかな巨大ショッピングモール・イオンモールの店内に、この模型店はあった。

 先生とこの模型店・ポポンデッタの店員が馴染みなのか、慣れた感じで手続きをする。ここで鉄道模型ジオラマ(レイアウト)の線路を借りて、鉄道模型を運転するのだ。

 レイアウトは2層構造になっていて、下層のレイアウトで模型を走らせている他のお客と、その走らせる模型を眺めている買い物客や子どもたちの人垣が見える。休日を満喫する家族連れ。幼い子供が「パパ、模型買って!」とわがままにギャン泣きしているのもよく見る模型店のいつもの風景である。

「2時間借りてあるからゆっくり走らせられる」

 先生は利用証代わりのクリップボードとリレーラーという模型をレールに乗せるための器具を受け取り、みんなに渡した。

「ありがとうございます!」

 鉄研のみんなはそれを受け取り、レイアウトの運転席に上がっていく。

「舘先生とギースルさんも走らせるんですよね!」

「まあな」

「ぼく動画撮るー」

 華子がメモリーカムを取り出す。

「総裁は『あまつかぜ』、御波ちゃんは『鉄研でいず相模線』、詩音ちゃんは……え?」

「C63と旧型客車編成ですわ」

 詩音の細く長い指が、その幻の機関車C63の模型をケースから取り出し、リレーラーでレールの上に乗せる。

 御波はそれを見る舘先生とギースル氏の表情をうかがった。


 ――やっぱり。


 ふたりとも表情を隠そうとしている。だが、隠そうとしているのが御波にはわかってしまった。

 だが、それだけではなかった。


 ――なんて悲しい気持ちなんだろう!


 御波の高い共感能力は。この二人の中年男性の深い悲しみを察する、というよりそれを受け止めて押し流され始めていた。


 ――こんな悲しみを隠して、二人は何十年も生きてきたの?!


 御波は戸惑ったあと、その察した強烈な辛さに身を捩り始めた。

「あれ、御波ちゃん、大丈夫?」

 カオルが気づく。

「あ、うん……。ちょっと、模型の運転、代わってもらえるかな?」

「いいけど……心配だなあ」

 総裁も気付いた。

「うむ、ワタクシが御波くんの救護にあたるので、詩音くん、あとは頼んだ」

「そうですわね」

 詩音がうなずく。

「大丈夫ですよ」

「そうは見えぬ。ちょっとトイレとベンチに行こう」

 総裁の顔は真剣だった。

「そうします」

 そううなずいた青い顔の御波を、鉄研のみんなと、走る模型を見ようとするショッピングモールのお客が見守っていた。


「そうか……御波くんの想像力と感受性の高さを買っておったのだが、今回はちょっとそれが働きすぎてしもうたのだな」

 ショッピングモールの休憩所のベンチに、総裁と御波は座っている。

「すみません」

「御波くんは心の防壁というより、心の垣根が低いのだな。それは多くの人と共感し会えるすばらしいものでもあるが、そのせいで心がずたずたになることもあろう。つらいのう」

「でも……がまんしないと」

「我慢してできることとできないことがある。無理するでない。我らは仲間ぞ。辛いときは辛いと言うてくれ。君がこっそりつらい思いをしているなどと思うたら、ワタクシも心が痛くて耐えられない。つらい気持ちも分担して対処すればすこしは違うはずだ」

「そうですね……」

「詩音くん、我が鉄研に入るきっかけになった海老名ポポンデッタで走らせていたのがあのフルカスタムのC63であったのう」

「思い出しちゃいますね。詩音ちゃん、あのときもすでに大物オーラすごかった。総裁の無回転ひねりなし勧誘でこの鉄研に入れてなかったら、私達は全滅するところでした」

「さふであるのう。詩音くんは穏やかで優しく、我らの頼りとなる癒やし系正規空母であるのだが、その反面すこし強情で思い切りの良すぎるところもある。それはいいところでもあり困ったところでもあるのだが」

「詩音ちゃんのあれで、かなりわかりました。先生とギースル氏、かなり昔からの親友です。そして、おそらくかなりひさしぶり……もしかすると何十年ぶりかの再会だったんです。そこまで別れる理由は、間違いなくC63のなにかの事件です」

「事件か」

「ええ。ふたりとも表情を隠してましたが、かなり辛い事件だったんだと思います」

「やはりのう……。しかし、だとすれば我らも慎重でなくてはならぬ。その別れの理由の事件の古傷を不用意にいじるわけにはいかぬ」

「……どうしましょう」

「うむ。ゆえ、この件はしばし蓋をして保留しよう。我らはこの件を一時忘れ、二人の歓待を存分に受けるだけとしよう」

「そうですね。先生と氏の友情を私達が引っ掻き回すわけにはいかないですもんね。その事件、人間としていちばん大切なものをかけた事件だったと思うんです」

「人間の尊厳に係る事件か」

「ええ。鉄道が好きで、テツとして生きてきた全ての尊厳がかかった事件だったんです」

「それがC63のヒミツに関わっておったか。やはり何らかの組織が働いておったのだな」

「そんなものがあのころも今も存在しているとは思いにくいのですが、どうやら事実のようです。だから二人の苦痛は現在も続いている」

「尊厳、であるな……」

 総裁は考えていた。

「総裁、私、もう大丈夫です」

「いいのか?」

「私、感受性も強いけど、立ち直りも早いんですよ」

 御波はそう笑った。でも、あきらかに無理していた。

「そうか」

 女にも、つらいとわかっていても、耐えなければならないときがある。

 女だから、耐えられる痛みもある。

 ――そう、私たちは、テツでもあるけど、女なんだ。

「そうだな。ツバメくんも、そのことを理解しておるのだ」

 総裁は、うなずいた。

「戻ろうか」

「はい!」



「戻ってきたぞよ」

「大丈夫?」

 みんなが待っていた。

「大丈夫です。心配かけてゴメンね!」

 御波が言う。

「御波ちゃん大げさなんだからもー」

「華子さん、御波さんは本当に辛かったのですわ」

「いーのいーの! もう大丈夫だから!」

「それより舘先生のTRY-Z、走行が安定しないー!」

「足回りいじり過ぎちまってな」

 舘先生は頭をかく。

「昔からそうだったよな」

 ギースル氏が笑う。

「昔は昔だよ」

 舘先生も笑う。その二人は、長い間会っていなかったはずなのに。まるで昨日帰宅で別れてまた今日会った仲良しの男子高校生のようにもみえた。

 きっと昔、そうだったのだろう。

 だけど、それを引き裂いた事件って……。


 みんな、それをぐっとのみこんだ。

「じゃ、『あまつかぜ』本線にもどしますねー!」

「本線、開通承知ですわ」

 詩音の確認を受けて模型を運転するカオルが分岐器を操作し、その様子を華子が撮る。

 そして、みんなのフラッグシップ、模型の周遊列車『あまつかぜ』がヘッドライトを輝かせて、本線線路に滑り出していく。


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