第30話 拝見! 先生の思い出!

「先生がもし医師免許を持っていて、それでいながら医師として勤務もせずに高校で物理教師をしておる。これだけだとただの荒唐無稽な話だ。とうていありそうな話ではない」

「そうですよ!」

「だが、ここで先生があの頃、88年頃、医師を目指しておったのでは、と仮説をたてることにした。おそらくギースル氏と一緒に行動した頃である。そして『Dr.D』は1994年、平成6年の試験電車『TRY-Z』運転時には活動していた。『うのはな』の廃車は1998年平成10年である」

「時系列整理ですね」

「おそらく、88年、先生は年齢から推認するに、高校から大学医学部に進み、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いで医者を目指して活躍中であった。テツ活動でもまさに注目の星であったのだ。だが88年、何らかの失意に陥る事件があり、そこで先生は医師国家試験の受験に失敗あるいは放棄したのだ」

「辛いことだったんですね。でもそれがなんだかよくわかんないけど」

「だが、先生はまだ国試浪人をしていたのかもしれぬ。そのそれがその6年後の『Dr.D』である」

「そしてその2年後、『うのはな』が廃車になる。そのあとにあの習字教室の写真が撮られたんですね」

「そしてその6年後、2000年平成12年、舘先生は遂に医師免許をとった。しかし勤務医でも開業医でもない仕事のために」

「何の仕事だろう?」

「そしてその2020年、クルーズ船の医療の現場で先生は活躍しておる」

「医療スタッフになったのかな。でも医師免許が必要で、しかもあんな場所で活躍してるなんて」

「そこで気付いた。医療スタッフだけでは、ああいう複雑な医療の現場の整理、医療活動の円滑な進行は不可能。それゆえに必要な仕事がある。医療福祉系資格が必要で、なおかつ実務経験も必要な仕事だ」

 みんな考え込んだが、カオルが気付いた。

「医療コーディネーター?」

「さふなり。先生が教師としてわがエビコーに赴任したのは2015年平成27年。東日本大震災2011年平成23年から4年後である」

「震災?!」

「ワタクシは、そこでワタクシの仮説から震災の記録をたどるうちに、震災で壊滅しかかった東北のとある救急医療の現場で活躍していた舘先生の姿を発見したのだ。そう、先生は災害医療コーディネーターなのだ」

「だからクルーズ船の現場に!!」

「さふなり。そのことを確認すべく、その病院にメールしたのである。その病院も昨今のコロナ禍で大変であったのだが、ありがたいことにその多忙のなか、返事をくれた。舘先生が語った、思い出のことを。病院のみんな、その話を大事に覚えていたとのことであった。舘先生によろしく、とメールには添えられておった。先生の活躍で救われた命は多かったようだ。

 先生は88年の何らかの事件のあと、しばらく失意で浪人しながらバイトで稼いでいたのだ。特に目標もなく、とはいえテツ活動は捨てきれずに、アテもなく暮らしていた。

 そんなとき、とあるお寺の住職と知り合い、そこの子供向け書道教室で先生の補助をした。勉強を見てあげるボランティアをしたらしい。

 だが、そこで学んでいた子供が、当時大問題となった血液製剤事件の被害者となった。先生はその解決のために問題の病巣、厚労省に切り込んだ。そしてそのための武器として、医師免許をようやく取得した。それが平成12年だったのだ。先生はそこからの縁で医療コーディネーターの仕事を進んだ。そして災害医療分野でも活躍した」

「でも、なんでそんなすごい人がうちのエビコーの物理の先生になったんですか」

「わからぬ。なにかどうしてもこのエビコーに来る理由があったのかもしれぬ」

「それに88年の事件、ってなんだろう。蒸気機関車C63がどうにかなった事件なのかな」

「うむむ」

「あとC63の走行姿をなんでギースルさんが描けたのかもわかんないですよ」

「うぐぐ」

「それに医療コーディネーターって、そんなに高給取りなのかなあ。ヴェルファイアは買えるかもしれないけど、あのマンション、随分豪華でしたよ」

「むむむ」

 総裁は唸っている。

「ぐぐぐ、あともう一歩なのだ。あともう一歩で全容解明なのだ」

「あ、そうだ、総裁、車の中で舘先生に話していた東京から新空港に伸びる新幹線と、国鉄の肝いりのなんとか、ってなんです?」

「うっ、あのときキミたちは後ろの席で眠っていたのではなかったのか?」

「聞こえちった」

 カオルは舌を出した。

「私も。ヒドイっ!」

「キミたち、本当に油断もスキもないのう……」

「『そういうのがいいんじゃねえか。エビコー鉄研ってのは殺伐としてるべきなんだよ。女子供は引っ込んでろ』」

 御波がそう言い出す。

「なんで吉野家コピペなのよ。それに私たちみんな女の子です。ヒドイっ!」

 ツバメが呆れる。

「でも東京から新空港? 新空港って、今の成田空港ですか?」

「うむ」

「ってことは、成田新幹線計画ですね。でもあれは一部の施設が出来たところで計画中止、でもその施設を再利用していま、京成スカイライナーが乗り入れる成田スカイアクセス線になったんですよね」

「さふなり。成田新幹線の夢を継承したのが、あの山本寛斎デザインの2代目AE形京成スカイライナーなのだ。最高速度160キロで疾駆する国内在来線最高速度列車である」

「前に鉄研で乗りましたね。大阪遠征のとき旅費節約でLCCに乗ったのに、面白がってスカイライナーにも乗って、結果全然節約にならなかった」

「うぐ、そういう戦訓になったのう」

「でも、その新空港と成田新幹線がC63とどう関係してるんです?」

「それなのだが、おそらく」

 総裁が言葉を探している。

「うっ、いろいろ話しすぎて頭の整理が追いつかぬ」

「そうですね。ゆっくりでいいですよ。そうだ、ここで一休み、みんなでお茶にしません? この遠隔のまま」

「そうですわね! お茶とお菓子を用意しましょう!」

「そうだねー」

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