第35話 五月! なのに冬終わる

「尾湊鉄道の彼のツイートに『冬茜』と添えられた写真があった。ワタクシは買ったシソーラスアプリでそれが冬の季語であることを知り、ほほう、と思ってケータイにメモした。しかしそれに映った気動車がどうにもどこかで見た構図に見える。それはなんだろうと思っていたのだが、わからなかった。だが、アイスを食べていて気付いた。ワタクシとしたことが、見えていなかったのだ。そう、その構図は、ギースルさんのC63とまったく同じなのだ。駅も、構内踏切の位置のパースも。全て一致。……彼は尾湊鉄道を走るC63をスケッチしたのだ」

「おそらく、C63回送列車は大宮をでて深夜、東北本線から常磐線金町、新金貨物線をへて総武線新小岩に向かったんです。そのあと総武線から成田に直行せず、内房線経由で尾湊鉄道に入りました。当時は自粛の圧力の厳しい時期。夜陰に隠れて回送される列車をそれでも撮影する撮り鉄はほぼいないし、尾湊鉄道の車庫をその時期に訪問するファンもいないでしょう。尾湊鉄道の車両基地・機関区の機関庫でC63は朝を迎えます。それはC63が製造されて88年までずっとできなかった、初めての試運転の朝だった。C63がどんな思いで尾湊鉄道の線路を走ったか。事情を知るものには、胸のすくものだったと思います。しかし自粛の空気のなか、一般人は目もくれない。たった一人、スケッチするギースルさんを除いて、ギースルさんはその回送列車の緩急車に乗っていたと思います。貴重な時間で少しでもC63を観察するために。国鉄とJR有志がそれを若いイラストレーターの彼に託したんです。写真で撮れば流出の危険が増える。それで、写真の代わりに彼の眼に記録を任せたのです」

「そしてそれがおわり、C63は再び火を落とし、偽装し直して成田へ回送されます。自粛はまだ続いていたし、成田線沿線は人家も少ない。バレる危険は低い。そして成田の幻の鉄道博物館の秘密車庫で、C63は再び長い眠りについたのです」

「そしてそのイラストで復活したはずの舘先生の漂泊は続いた。鉄道趣味の世界にはもう戻れない。戻りたくもない。でも、それでも戻ってしまう。それがテツの血だった。それでたどり着いたのが、そのお寺の習字教室だった。その場だったお座敷電車『うのはな』での日々は、深く先生の心を修復してくれた。それで先生は再び医師国家試験に挑戦する気にもなった。そして、その日々の感謝で、住職のいなくなって行き場を失う『うのはな』の保存を、約束の権利でJRに飲ませたんです」

「そのJRも一枚岩ではなかった。その対立の中で、その有志は先生への感謝と償いをした。それが本厚木のマンションだった。でも直接渡すと事が露見するため、途中であの筑西でテーマパークをやっている大実業家を経由して先生への償還の必要のない奨学金の形になった。そうですよね、総裁」

「うむ。わが母上もそういう見立てであった。そしてこの話はJR内部のカードから、国政の政治ゲームのカードにもなった」

 総裁が続ける。

「現在進行形って」

「さふなり。そしてなぜ今、あの尾湊鉄道のツイート事件が起きたのかとつながるのだ」

「えっ」

 みんな驚いている。

「彼がなぜここでクビになったのかも、実はC63とつながっている」

「えええ!」

「それは、彼をこの今、とにかくどうやっても黙らせる必要があったのだ」

「まさか!」

「そう、C63が、その1988年から31年ぶりに、この地上に現れておるのだ!」


 みんな、唖然となった。


「そう、撮り鉄活動がはばかられる自粛の今こそ、C63を輸送するには絶好機なのだ」


 みんな、呆然としている。


「このまさに今、この夜、C63は成田からついに、最終目的地に回送されておる!」


 みんな、その姿を想像して、震えた。


「そして、その最終目的地とは、北急電鉄が保存蒸気機関車を走らせるために復活させた、四十八瀬機関区である!」


「ええええっ、オチはそこ!?」


「さふなり。すべてを引き受けたのは、周遊列車『あまつかぜ』を運転する、我らが夢の架空鉄道会社・北急電鉄なのだ」


 みんな、しばらくのちに、叫んだ。


「ひいいい! ヒ ド ス ギ ル !!」


 だが、総裁は続けた。


「しかし! これで話は終わらぬのだ!」

「まだ続くんですか!」

「さふなり。なぜなら、C63はその四十八瀬機関区についた後の日々がある。これでまだめでたしめでたしでは終わらぬ。なぜなら、C63のこの最終解決が気に食わぬものは大勢いるのだぞ。ジョーカーを渡したはずなのにそれをエースにされた側は気に食わない」

「ってことは」

「うむ。このコロナ禍で延期されておる、四十八瀬機関区のリニューアルオープンのそのときが危ないのだ!」

「なんてこと!」


「でも、そのときって、来るんでしょうか。この悲惨な日々が、どう解決するんでしょうか」

「そもそも、私たちに、この日本に、あかるい未来は、訪れるんでしょうか」

「それは」

 総裁が、そこでにやりと不敵に微笑んだ。


「それは」


 みんな息を呑む。


「ここで、字数制限いっぱいなので、続く!」


「ええええっ! ここでそのオチ?!」

「最近やってないと思って油断しちゃった!」

「ひいい! ヒドスギル!!」

「これって、新たな生活様式かな? 行動変容かな!?」

「うるさいっ!」

 みんな、ZOOMの画面の中で盛大にずっこけたのだった。

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