第22話 早朝! テツの朝は早い

「おはよう。朝ごはん作ってたよ」

 総裁が寝室から起きて物音の元にゆくと、ギースル氏はもう起きて台所で何か作っていた。

「たいしたものは作れないけれども」

「いえ、本当にかたじけないのだ」

 ギースル氏はフライパンに卵を落としている。

「ご飯もパックごはんだけど。ごめんね」

「いえいえ。なにか洗い物があれば手伝うぞよ」

「ありがとう」

 氏はフライパンに水を入れ、蓋をした。

「すまなかったのだ」

 総裁は謝った。

「ぼくもだ」

 氏はそう絞り出すように言った。

「なんでこんな厄介ごと背負っちまったのかと思う。だが舘ってやつはそういうものを背負える、本当はとんでもない力のあるやつだ。あのことさえなければ、その力で世の中を少しマシにしてしまえる力を持ってる。だから、あのことがなおさら辛い。そしてそうなるように仕掛けたやつらを本当に恨みたくなる」

「仕掛けたやつら」

 総裁は繰り返して聞いた。

「難しい話になっちゃうけどね。誰かが黒幕なら話は早い。だが舘はそんな簡単な構図ではないと言ってるし、おそらくそうなんだと思う。ぼくにも正直、このことの全貌はいまだに掴めてないんだ」

「そうなのですか」

「舘はすべてを多分知ってるし、それを墓に持っていく気だ。だけど、そんなもったいないこと、ぼくには耐えられない。舘の本当の力が生かされる世の中になってほしい。でなければ、あまりにもこの世に望みがなさすぎる」

「そうなのでありますか」

「ああ。すべての人間にはいるべき場所があるし、そして能力を持つものは正しくそれを行使するのが使命だ。なのに舘はそれをなげうってしまっている。まるで自分を痛めつけるように」

 彼はフライパンの蓋を開けた。目玉焼きができている。

「ちょっとサラダ作りました」

 いつのまにかツバメが台所で彼の手伝いをしていた。

「ありがとう。じゃ、食べようか」

 カオルが給仕を手伝った。

「いただきます!」

 テーブルを囲んでの朝食となった。

「舘ももうすぐくるらしい。相変わらず早いなあ」

「テツの朝は早い」

「なに総裁、NHK『仕事の流儀』のマネしてるんですか。ヒドイっ」

「総裁、テレビネタがいつも微妙に古いですよ」

「鉄研総裁に、朝が来たー」

「それはNHK『サラメシ』ですよっ」

「拙者、NHK大好き侍」

「なにいってんですか」

「残念ー!!」

「ギター侍にならないでください!」

 彼はこのやり取りを笑っている。

「ほんと、君たち仲がいいねえ」

「それが一番であるのだ」



 そのギースルさんの家の外で汽笛がなった。

「うぬ? これはホイッスルAW-5であるな」

「あれ、常磐線の音?」

「ちがった。舘先生のタキシードヴェルファイアだ!」

 舘先生が迎えに来ていた。タキシードヴェルファイアにはクラクションと一緒に鉄道のAW-5ホイッスルの音を鳴らすホーンが組み込まれているのだ。

「じゃあ、出発しよう」

 彼も着替えて支度を終えていた。

「ちょっと遠くまでいくよ」

「今日、ここには戻ってきますか?」

「うん。大きな荷物は置いてってもいいよ」

「承知であるのだ」


 *


 2台の車に分乗し、コンビニですこし買い物をして、国道125号線をゆく。

「舘の運転の癖、変わんないなあ」

 タキシードヴェルファイアの後ろからついていくTRY-Zシエンタを操る彼が言う。

「わかるのですか」

「ああ。舘とぼく、あの頃も二人で車でいろんなとこ行ったからなあ。筑波山の山道攻めたり」

「筑波山ってあれですね」

「そうそう。あれ、舘、筑波登るのかな」

「LINEに入電中! 筑波山でお昼ごはん調達するそうです!」

「そうか」

 車で山を登っていく。

「高校時代から同級だったからなあ」

「そうなんですか。ヒドイっ」

「ひどくはなかろう」

「でもいろんな悪いこともしたからなあ」

「ほんとですか?」

「ああ」

「それ、『北関東に風間・舘あり』ですか」

「ああ。あのころ、ぼくも舘も若かったし、若気の至りもさんざんした。でも後悔してない。あのときはあのときで精一杯だった。力の限りにやりたいことに打ち込んでた。あれで文句言われるなら仕方がない」

「イラストもですか」

「そう。ぼくはイラスト頑張って、東京の出版社やスタジオに売り込んだり、仕事受けてがんばってた。舘はあのころ……あれ? 舘から聞いてなかった?」

「え、舘先生の過去についてはあまり」

「まさか舘先生、高校の物理教諭そのころはめざしてなかったんですか」

「ああ。そうだよ」

「ええっ、じゃあ、先生何めざしてたんですか!」

「まさか、あぶデカみたいな刑事さんですか?」

 カオルとツバメが驚いて続けて聞く。

「いや、そういうのじゃなかったんだ。でも、聞いてないのか」

「……ええ」

「じゃあ、舘が話したくなるまで、ぼくも遠慮しよう」

「そうですか」

「残念なり」


 朝早かったが筑波山に登る車が多い。

「繁盛してますね」

「そうだね。あ、あのおにぎり屋さんか。なるほど」

 彼は舘先生の意図に気付いたようだ。

 山の途中、ホテルなどが建て込んだところで、彼は財布を取り出した。

「あそこの駐車場で待つから、降りて舘と一緒にご飯買って。これで」

 そういって千円札を5枚取り出した。

「万券だとお店が困るから」

「なるほどであるのだ」

「あれ、駐車場のおじさんがなんか言ってる」

「ああ」

 彼はおじさんと茨城弁の言葉を交わしている。

「久しぶりだからね。ここ来るの」

 懐かしさで話していたようだ。

「じゃ、いっといで。ご飯買ったら、たぶんあそこにいく」

「あそこ?」

「君たちの大好きなものがあるところだよ。なるほど、舘も考えたな」

 総裁たちは眼を見合わせた。

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