46話 サボると部室に入りづらい


 キ――――――ン、コ――――――ン、カ――――――ン、コ――――――ン。


「うおっ、鳴った鳴った!」

 内田先生の最後の言葉を忠実に守って時間ギリギリまで練習していたら、階段で本鈴を聞くハメになった。

疲れた体に鞭を打ち、無人の階段を駆け上がって角を曲がると、


「うわっ!」、「きゃあ!」


 同じく廊下の反対側、渡り廊下の方から駆けて来た女子生徒と鉢合わせしそうになった。腰まで伸びたツインテールが羽衣のようにふわりと揺れる。

「あ、レント君………」

 ライブの後片付けでバタついたのだろうか、桃紙ももがみさんの首のリボンが斜めに傾いていた。僕らは刹扉の前で見つめ合い、


「あの――」、「僕さ――」


 いつかのように二人の言葉がかち合った。

「放課後、行くから」

 今回、強引に続きを取ったのは僕の方。

「え?」

「放課後から行くから…………心配かけて、ごめん」

 重ねてそう言うと、桃紙さんは呆けたように僕と見つめ、

「うん」

 向日葵のような笑顔で頷いた。


 二人で扉を開け、二人で教室に入り、二人同時に席に着く。どうやら先生は遅れているようで、

「セーフだね」

 桃紙さんは嬉しくてたまらないといったふうに笑った。なんだか久方ぶりに見た気のする笑顔がもっと見たくて、僕はつい口を滑らせる。

「あのさ、実はサンデーゴリラに入りそうなやつが………」


 ――ガンッ!


 その瞬間、ざわつく教室に喧騒が静まるほどの打撃音が鳴り響いた。恐る恐る振り向くと、スマホを握った拳を机に打ち付け、内田が凄まじい目で僕を睨みつけていた。

「どうしたの、レント君? うちに入りたい子って誰?」

「………えっと、末の妹が高校生になったら入りたいと申しておりました」

 

 う、内田先生、その眼光はこの二日苦楽を共にした愛弟子に向けていいものではありませんよ。



 その後も、内田先生の対応は徹底したものだった。

 授業中も隙あらば警告の視線とスマホをチラつかせ、休憩時間に話しかけようとすると、光の速さで教室から出て行ってしまう。

結局、最後まで内田のヒット&アウェイに翻弄され続けた僕は、一度も内田とコンタクトを取れないまま放課後を迎えていた。

そして今、一人で第二音楽室の前で佇んでいる………かれこれ五分以上。


いやー、なんだろう、この部室の扉の威圧感。

中から漏れてくる声はきゃいきゃいと楽しそうなのに、入り辛さがハンパない。たった一日サボったくらいで、なんでこんな感じになるんだよ。

てゆーか、くどいようだけど僕仮入部だからね。サボるとかないからね。くそう、せめて内田がいてくれたら入りやすかったのに。ご無沙汰してごめんなさーい。でも、新入り連れて来たから許してねーなんつって。

 ………まあ、いつまでもこうしていてもしょうがない。

僕は一つ息を吐き出して気合を入れると、


 ――ガラガラガラ!


「ご無沙汰してすみませんっ! 瀬野せの、来ましたあっっ!」

 困った時こそ声を出して行けという体育会系の教えに則り、出せるだけの大声と共に開けるだけ大きく扉を開いた。すると、


「――え?」くびれの素敵なおりんさんが、

「――あっ」引き締まったお腹のちゃーさんが、

「――ひぃ」色々とスレンダーな桃紙ももがみさんが、

「――わっ」そして、ぶるんぶるんでばいんばいんの羽織はおりが、


サンデーゴリラの女性陣全員が、いっせいのーでで服を着替えだしたかのように、見事までの下着姿で振り返った。


「れ、れんちゃん?」

 ………各自、手に手に薄い本を持ちながら。ああ、そうだ、すっかり忘れていた。演劇界の常識その………二だっけ? 三だっけ?


「何やってんの、蓮ちゃ―――――――――ん!」

「す、す、す、すんませ――ん!」


 とにかく、ノックを忘れて扉を開けた僕におねーちゃんの雷が炸裂した。


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