26話 百度の稽古より一度の本番
「あー、あー、ったくやってらんねーわっ! 人が役者の命の喉からして勧誘に励んでるってのに、部員はギトギトでエロ漫画の回し読みかい! 何部だここはー!」
どっかと椅子に腰を下ろし、天板を叩き割る勢いで長机に両足を放り出すお
「お、怒んなや、お鈴。それだけちゃうて、稽古もちゃんとしてたもん。なあ、ウニ?」
「う、うん。ちゃんとダンスのフリ移ししてたよ。
バツが悪そうに顔を見合わせる羽織とちゃーさん。桃紙さんはいいとして、僕がいつ踊れるようになったんだ。
「ふーん、それでやることなくなったからって新入り締め出してBL鑑賞? あー、やだやだ。伝統あるサンデーゴリラが腐女子の巣窟だよ! どーせならこれの裏に漫画でも描いて売り歩いて来い!」
勧誘用のチラシの束を机に叩き付け、かれたはずの喉を酷使してお鈴さんが怒鳴る。
「……な、なんか、お鈴ちゃん激烈に機嫌悪くない? 何かあったの?」
ひそひそとミシェルさんに耳打ちする
「別に、特別なことは何もないわよ。ただ、いつも通り勧誘がはかどらなかっただけ」
「え、それって、やっぱりあたしの……」
さっと羽織が顔を曇らせる。
「いや、ちげーちげー。関係ねーよ。また別の理由だって」
……なんだろう、この感じ。少し前にも同じよう気配を感じた気がするけれど。羽織とサンデーゴリラの過去に何かあったのだろうか。
「ああ、もういい!」
沈みかけた空気を一掃するようにお鈴さんが机に拳を落とした。
「そもそもねえ、こんなふうにちまちまやってたのが間違いなのよ。こうなったら開き直って総力戦よ!」
お鈴さんはそう言って机の上に飛び乗ると、部員全員の顔を順繰りに見回し、
「明日から、サンデーゴリラはゲリラライブを仕掛けるわ!」
力のこもった声で宣言を下した。
「ゲリラライブ⁉」
副座長を見上げる部員達の声が見事にハモる。
「そう、明日から仮入部期間の終わるまでの一週間、毎日朝夕正門前で電撃的にパフォーマンスをやるの。それで新入生達の心を鷲掴みにすんのよ!」
「面白いじゃない!」
「のったー!」
お鈴さんの提案に即座に同調するミシェルさんとちゃーさん。
「ちょっと、待ってみんな! 無理だよ、明日からとか。校内のパフォーマンスは二週間前までに先生の許可を取らないと……」
ただ一人、堅実派の羽織だけが難色を示すが、
「あー、知らん知らん。許可とらずやるのがゲリラライブでしょうよ!」
「ほんまやほんまや! ダンスも衣装も新歓フェスのやつ使い回せばいいし、なんやったら今日からでも行けるど!」
「いいじゃない、いいじゃない! 燃えて来ちゃった、アタシ」
すでに燃え上がってしまった部員達は聞く耳を持たない。
「だめだって、みんな! 頭冷やして。一光も何か言ってよ」
「……いいかもしねーな」
そして、座長までもがニヤリと笑って眠そうな目を輝かせる。
「一光まで! 冗談はやめてよ」
「いや、マジなんだって。実は、今日散々声かけてみてわかったんだけど、どうやら一年の中で
「え、僕とって……」
「演劇研究会と演劇部を一緒だと思ってるやつらだよ。声をかけてもやれ白塗りは嫌だとか、キスは嫌だとかすげー嫌われようでよ。話になんねーんだわ」
なるほど、お鈴さんの異様な機嫌の悪さの原因はそこだったか。
「ま、確かにアタシら今年に入ってから一回しか公演やってないもんね。それも地下の別館ホールなんて地味な所で。新一年生に存在が知られてなくても無理ないかも」
「ミシェルの言う通りよ、これはわたしのミスだったわ。だから今度は一番目立つ場所で散々派手に暴れて回って、サンデーゴリラの存在を改めて学校中に知らしめてやるのよ、わたし達全員で!」
「許可のことは心配すんな、俺が何とかしてくるよ」
まだ踏ん切りのつかない羽織の肩を一光さんが叩く。
「一光……わかった。でも、そういうライブならあたしが出ない方が……」
「だめよ!」
この期に及んでまだ消極的な態度を見せる羽織を一喝するお鈴さん。机から飛び降りると、唇が触れ合いそうなほど近くまで顔を寄せ、
「さっきも言ったでしょ。これはサンデーゴリラの総力戦よ! 一人も欠けることは許さない。全員でやるのよ、あたし達全員で! それがサンデーゴリラでしょうが」
火炎でも吹き付けるようにそう言った。
「お鈴ちゃん………ありがと。そうだよね、みんなでやろ。あたし達七人全員で!」
………七人?
待って待って。ちょっと待って。
えっと、羽織とお鈴さんと一光さんちゃーさんとミシェルさんと……
「お鈴さん。それってもしかして、あたしら一年も出られるってことですか?」
……
ってことはあと一人ってもしかして……。
「当っっったり前でしょ! 何回も言わすな、今ここにいる全員でやんのよ!」
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! レント君、あたしらもライブ出れるって―――!」
うえええええええええええ! いきなりか―――――いっ!
「ちょ、ちょ、ちょ、待って待って! 嘘でしょ、無理ですよ、僕はまだ!」
「嘘じゃないし、無理じゃないし、待たないわ!」
頭蓋骨を貫く勢いで人差し指を突き出すお鈴さん。
「本番は明日の朝よ、一秒だって時間は惜しい。覚悟しなさい、新入り共。振付、セリフ、フォーメーション、歌詞にメロディ、一日で仕込むからね! 死ぬ気で付いてきな!」
「アイアイサー! やったやった、本番だ! レント君、あたしらサンデーゴリラデビューだよー! ほら、手ェ上げて、いえーい!」
無理無理無理、ハイタッチとか無理だから! 僕のテンション察してくれよ、まだ全然気持ちが出来上がってないんだよ。え? ライブ? 明日? えええええ―――!
「やったな、瀬野っち! いきなり本番やで」
「アタシをよく見て勉強しなさいよ、坊や。本番のアタシが一番綺麗なんだから」
「本番は先輩も後輩も関係ねーぞ。ガミエ、瀬野。二年の大根共を食ってやれ!」
混乱しきりの僕を置き去りにして、サンデーゴリラの興奮は競い合うようにして高まっていく。
「はー、本番だ! もうごちゃごちゃ考えないでやってやろー! 羽織いきまーす!」
さっきまで落ち込んでいた羽織までもが、すっかり吹っ切れた様子でビシバシと頬を叩いている。部屋中がぐつぐつ煮えくり返っているかのようだ。
「さあ、気合入れていくわよ、野郎ども。絶対部員を獲得するからね。明日の本番、とにかく目立って目立って目立ちまくれえ――!」
「やってやるぜえええええええええええええ―――!」
お鈴さんの号令に、ありったけの声量で答える部員達。
――本番。
その言葉は、まるで魔法のように役者達の心に火を灯した。
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