34話 一人で吉野家に行ける女はいない。


「ぶふぅっ!」


 コンビニの駐車場で豪快にリポ●タンDを噴き出した。

 なんだ、これ。一光さんのマネして初めて買ってみたけれど、これってこんな味なのか。想像と違い過ぎるんだけど。


 念のためもう一口飲んでみたけれど、やっぱりどうしてもむせてしまう。そんな様子を向かいのステーキ丼専門店から出て来たサラリーマンが、ガン見しながら通り過ぎて行った。

 くそう、なんだよ、その嘲笑うような目は。高校生風情が大人のドリンクに手を出しちゃってと笑っているのか。それとも何か、道端で豪快にむせている高校生が心配だとでもいうのか………………多分そうなんだろうな。ごめんなさい、おじさん。あなたはいい人です。


 残りの無理矢理喉に流し込み、空き瓶をゴミ箱に放り込んだ。

 僕は、何を苛立っているんだろう。心を見透かされたからか?

「辞めんなよ………か」

言葉にして初めて気付く気持ちもあるんだな。


一光いっこうさんの言う通りだ。僕は辞めたがっているのかもしれない。おりんさんはあんなだし、羽織はおりは落ち込んでるし、ダンスは下手だし………………ダンスは下手だし。


結局、これなんだろうな。


頭をガシガシと掻き毟った。 

バカか、僕は。何がお鈴さんに納得いかないだ、何が羽織が可哀想だ、全部ただの言い訳じゃないか。要はサッカー部の時と同じだ。サッカー部でランゴンテという高すぎる壁に跳ね返された僕は、演劇部でダンスという壁から逃げようとしている。その壁が本当に高いのか確かめようともせず。


「ふんがー!」


 再び頭を掻き毟った。

 くそう、辞めてどうする。サンデーゴリラを辞めて、今さらどこの部活に居場所がある。仮入部期間はあと二日で終わるんだ。こんな時期に部活浪人しているやつなんて………ああ、いるか。


 内田ヒャド子。

彼女は、今日も小宮先生から逃げ回っているのだろうか。僕の踊りを死にかけのゴキブリでも見るような目で見ていた内田ヒャド子こと内田………ヒャド子。

あれ? あいつ、下の名前なんだっけ? 

ど忘れしたぞ、確か結構可愛い名前だったはずで……あれー、出てこない。

いや、知ってる知ってる、絶対知ってるんだって。

内田……『あ』だよな? 『あ』始まりだよな。くそー、『内田篤人』が邪魔する。出てこい出てこい内田………あー、気持ち悪い。出てこい、内田………。

 などと頭の中で念じていたら、


「毎度ありがとうございましたー」


 実際に目の前に内田が現れたから驚いた。

いや、いつぞやのような奇跡のようなタイミングもそうだけど、何より驚いたのは内田が出て来たその場所だ。クールな氷の女王様が、自動ドアの開閉音と威勢のいい店員さんの声に送られて出て来たのは………………。

サラリーマン御用達ボリューム自慢のステーキ丼ぶり専門店。


「………あ」


 ようやく僕の存在に気が付いたのだろうか、内田は意外に高い声を出して足を止めた。

「よ、よう」

 つられて僕も声を漏らす。

 ふむ、僕の顔を見て声を上げたということは、やっぱりこの内田っぽい女の子はうちのクラスの内田さんで間違いないようだ。あまりに場違いな店から出て来たもんだから、姿形のよく似た別人かと思ったよ。それにしても………。

 もう一度、内田が出て来た店の看板に目を移す。


『大盛りステーキ丼・牛野屋』


 ………………実家?

 なわけないか。どう見てもチェーン店の店舗だし。ありがとうございましたと送られたところを見るとバイトってわけでもなさそうだ。てことは……………え、食ったの? あのクールな内田さんが? 氷河期以来の美少女さんが? 女子が入りづらい店ナンバーワンと謳われるあの牛野屋で? 一人で? 肉のっけご飯を? 店内で? 一人で? いや、全然いいんだけどさ。美味しいし、ステーキ丼。でも、え? あのクールでお馴染みの内田さんが? 一人で? 


「あ、あう………」


 顔を真っ赤に染めながら、震えた声を漏らす内田。

 ああ、いかん。いくらなんでも沈黙が長すぎたか。そろそろ何かしらのリアクションを起こさないと。いや、でも、話しかけていい状況なのか、これ。ここはむしろ気付かないふりをしてやるのが優しさってもんじゃないのか? 

………でも、『よう』って言っちゃったよな。

くそう、気付いていないフリは不可能か。いや、待て。まだ行けるぞ。そうだよ、こう見えたって僕は演技の専門訓練を(四日間)受けて来た紛れもない演劇者だ。その気になればこれくらい………よし、行け、僕。


「よ、よう……よう……ようやく見つけたぞー、牛野屋ー。いやー、探した探した。そうかー、こんなところにあったのかー。早速皆に教えてやろー。やったー、ようやく見つかったー。ははははー」


 よし、完璧だ。

 長年探し続けていた牛野屋をようやく見つけることができた嬉しさで出入りする客など全く眼中にないという演技プラン。フライングで飛び出した『よう』という挨拶を『ようやく』というワードで回収し、さらに内田の存在も見なかったことにできる。これを即興で思いつくあたり、やはり僕はただ者じゃない。

よかったな、内田。これに懲りたらもうこんなことするんじゃないぞ。

なにはともあれ、これにて一件落着だ………


「ちょっと!」

「ぐるぎゅふぅっ!」


 ………なのに、どうしてまた奥襟を引っ掴まれる?


「こっち来て!」

「ぐえええええええええええええ」


 どうして、物凄い力で路地裏に引きずりこまれるんだあああああ! 


 ちょ、もげるもげる! 首もげるってぇぇぇぇ――――!



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