22話 演劇やってるとマジでこれある


「はあ? 演劇部に入っただとお⁉」


 次の日、放課後。

 今日も今日とてチョキに裏切られた僕は、同じくじゃんけんに負けたと思しき二宮とゴミ捨て場でばったりと出くわした。

「お、お、お前、正気か、蓮冬れんと! 何考えてんだよ?」

「違う違う。落ち着け、二宮。僕が入ったのは演劇部じゃなくて、研究会の方……」

「あー、わかった! 皆まで言うな。わかってる」

 質問をしておきながら答える隙を与えない二宮。

「お前は好きなことをやればいい。例え白塗りお化けになっても俺達は親友だからな」

 うわあ、全然わかってねえ。結構いいこと言ってるのに全然わかってねー。


「しょうがねーよなー。桃紙ももがみちゃん、ゲロ可愛いしなー」

「はい?」

「好きな子のためなら白塗りも黒塗りも辞さないってか。青春だなあ、おい」

 必要以上の勢いをつけてゴミ袋をゴミ捨て場にブン投げる二宮。

「おい、待て待て、二宮。違うぞ、勘違いの方向性が違う。僕は別にそんな目的で入ったんじゃないし、そもそも演劇研究会は白塗りは……」

「いいなよー! 可愛い女の子達と甘酸っぱいラブラブ部活タイムか。ちくしょー!」

いや、聞けや、人の話を! 


「しっかし、あれだよな。よく入れたよな、男子禁制の演劇部に」

「は? 男子禁制?」

「そうなんだろ? 将棋部の先輩が言ってたぞ。サンデーゴリラは女の子が天使みてーに可愛いから入部希望者が殺到してるけど、男はみんな門前払いされるって」

「なんじゃ、そりゃ。そんなわけが……」

「おーい、二宮―。こっちこっち!」

 と、その時、校舎の角から大声で手を振る男子生徒の影。

「あ、将棋部の先輩だわ。もう行くな。んじゃ、頑張れよ、色々と!」

「あ、おい、待てって、二宮!」

 ……って、行っちゃったし。

本当に人の話聞かねーな、あいつは。何から何までまで勘違いしっぱなしで行っちまいやがって。なんだよ、男子禁制って。入部希望者殺到? どこの部活と勘違いしてるんだ。


「よいしょっと!」

ゴミ袋を投げ込んで、ゴミ捨て場の鉄蓋を閉じた。ズボンで手を拭って歩き出す。目指すは特別教室棟の一番奥、二宮が言うところの甘酸っぱいラブラブ部活タイムの始まりだ。


ふむ、何が違うって、一番の勘違いポイントはここだよな。サンデーゴリラに限って、絶対ねーから、そんなラブラブだの甘酸っぱいだののファンシーな時間は。せいぜい、手錠をかけられてトイレに放り込まれるか、人間ピラミッドに押し潰されるのが関の山だ。確かに、サンデーゴリラの女性陣はみんな綺麗で可愛いけど、あそこで甘いラブコメ的展開を期待するなら、パンを咥えた転校生を求めて町中の曲がり角を曲がっている方がまだ可能性が高い。


 本館で上靴に履き替え、渡り廊下を通って特別教室棟の四階へ。 

 このコースを辿るのは今日で三回目だけれど、一人で来たのは初めてだ。誰に連行されるでもなく、自分の意志で第二音楽室の前に立つ。ネームプレートの横には、相も変わらず『サンデーゴリラ』と殴り書きされたルーズリーフが貼り付けられている。


まさか、この僕が演劇を始めることになるなんて、いったい誰が予想できただろう。

とにかく、最初が肝心だ。部屋の中からきゃいきゃいと漏れてくる女の嬌声に気後れしつつ、それでも僕は、

「ちわーっす!」

大きな声で力いっぱい扉を開いた。


「えっ?」、「ちょっ!」、「きゃあ!」

「……あ?」


 そして、硬直した。

部屋の中で一列に並んでいたのは、右から順に桃紙さん、ちゃーさん、羽織はおり。ちなみに、色は白、青、ピンク。カップは恐らく、A、B、F

「何入って来てるの、れんちゃ――――――――――――――ん!」

「す、す、す、すんませ―――――ん!」

 羽織の雷の直撃を受け、廊下へ転がり出た。


 お、おおおお、びっくりしたあ。な、なんだ、今の。なんでみんな、下着姿で突っ立っているんだよ。なんで、部室で服着替えてるんだよ………………あれ、普通か? それって、普通か? 字面的には普通ぽっいけど。

えええー。にしても、なんだな。わかってはいたけれどこうして並べて見てみるとやっぱり羽織って群を抜いて……。

「も、もう入ってもいいよー、蓮ちゃん」

「は、はい、わかりました!」

 思わず敬語で答えてしまった。


「あははは、おはよう、瀬野っち。いやー、初日からドえらいとこ見られてもーたなー」

 おずおずと第二音楽室の扉を開くと、ジャージに着替えたちゃーさんが照れ笑いを浮かべてそう言った。

「あ、あ、あ、レ、レ、レ、レント君……」

 桃紙さんもしどろもどろで真っ赤な顔がはちきれそうだ。そして、それより輪をかけて赤いのが、

「れ、れ、れ、れ、蓮ちゃん。み、見た? 今の見た? 見た? 見た? 見た?」

 猛然と詰め寄ってくるおねーちゃん。

「い、いや、見たというか、見ないというか……」

「あ、アカンわ。完全に見られとる」

「蓮ちゃん!」

「ごめんって! で、でもしょうがないじゃん。まさか、着替えてるなんて思わないし、それに全然手で隠したりしねーんだもん! むしろ手を背中に回して突っ立ってるんだもん! 見えちゃうのはしょうがないだろ」

「え、隠そうとしないって………じゃあ蓮ちゃんが見たのって、薄いのじゃなくて?」

「ん? 薄いって……? むしろ、豊かに育ってましたけど……」

 僕の言葉にさっと目を合わせる女性陣。


「ああ、なんだ。そっちかー。よかったー」

 そして、一斉に安堵の溜息をつく。

「え、よかったって。いいの⁉ よかったの?」

 神よ、これは夢か?

「え? ああ! いいわけないでしょ! だめよ、蓮ちゃん!」

 どっちなんだよ。思い出したように人差し指を立てて眉根を寄せ、必殺のおねーちゃんポーズを炸裂させる羽織。

「いい、蓮ちゃん! 演劇部の部室は男女兼用で誰が着替えてるかわからないんだから、入るときは必ずノックすること。演劇界の常識その二だよ!」

「は、はあ」

 色々と決まりがうるさいんだな、演劇界。

「あと、誰も着替えてなくても中で女の子がきゃーきゃーしてる時は開けちゃダメ!」

「きゃーきゃー? ああ、確かにしてたけど、何してたんだ、あれ?」

 そう言えば背中に何か隠したように見えたけど。女子が裸より隠したい物って……?

「ふ、深く考えなくていいから! 女の子には色々秘密があるの。これも演劇界の常識です!」

 いや、それは絶対に演劇関係ないだろう。

「返事は? 蓮ちゃん」

「へーい」


二宮よ、演劇界って………………何か色々めんどくせーぞ。


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