32話 役者は客を呼べる奴が一番偉い


「全員却下―――――――っっっ!」


翌々日の放課後、またしても第二音楽室に入部届が舞い散った。


僕と羽織はおりの願いも虚しく、サンデーゴリラのゲリラライブは二日目、三日目ともに、初日と全く同じパターンを繰り返すことになる。

 踊れない僕、拍車のかかるウニ姫人気、殺到する入部希望、そして、最後におりんさんが部室に入部届をまき散らすところまできっちりワンパッケージで同じだ。

しいて違いをあげるとするならば………


「『今日のウニ姫のパフォーマンスも実に素晴らしいものでした。私の力なしにここまでやれるとは、ウニ姫の潜在能力にはさすがの私も驚きを禁じ得ません。しかし、素材の力だけではこのあたりが限界でしょう。今なら間に合います。ゲームで三ケタを超えるアイドルを大成させた私をプロデューサーとして迎えることを強く強くお勧めします』……って何様なんだよ、お前は―――! いい加減殺しまくるぞ、おらあああああ!」


 ……ライブ後に入部届を読むお鈴さんの機嫌が、日増しに悪くなっていくというところと、

「がー、殺す殺す殺すー! レント、このクサレ入部届の表裏にたっぷり毒塗りこんで、書いたやつの臍の穴から直接胃袋の中に突っ込んで来――――い!」

「それ、もう毒塗る必要ないでしょう!」

僕に浴びせられる無茶ブリの難易度が上がっていくところだろうか。


そして、ゲリライブ四日目が終了するに至り……。


「『貴方達には失望しました。これ以上ウニ姫という黄金の才能が錆びついていくのを見過ごすわけにはいきません。これが最後の忠告です。私をプロデューサーとして迎えることは貴方達の義務と言っていいでしょう』………って、やぁぁ――かぁぁ――まぁぁ――しぃぃ――わっっ! なんなのよ、こいつは! なんでこいつにこんなこと言われなくちゃいけねーんだ、こらー! 金が錆びるか、ばーかばーかばーか!」


……お鈴さんの怒りは頂点に達していた。


「あはははははははは。ホンマすごいな、こいつ。日毎にイタさの切れ味が増してるやん。うちファンになってまいそうやー」

 なぜか、ちゃーさんだけは嬉しそうだけれど。

「言ってる場合か! ふんがー、殺す殺す殺すー!」 

 下の机ごと叩き割る勢いで入部届けに頭突きをブチかますお鈴さん。

「もー、うるさい、お鈴。いちいち怒ってたらきりがないでしょ。さっさと次に行きなさいよ、続きはまだまだあるんだから」

 ミシェルさんがうんざりとした表情で、山と積まれた入部届の束を叩く。

今日も今日とて第二音楽室の長机に積み上げられるのは、ウニ姫目当てを隠そうともしない入部届という名のファンレターばかり。内容的も(具体的な内容は倫理上割愛するが)自称天才プロデューサーや海苔王子のような男の妄想がスパークした瘴気あふれるものが多く、


「ああ~~、もうやだ~~~。ばたんきゅー」

 その類に耐性のない桃紙ももがみさんなどは二、三枚読んだだけで目を回してしまう。

「大丈夫、ガミエ? こっちおいで」

 ヘロヘロになった後輩の後ろ頭を胸に引き寄せ、優しく撫でつけてやる羽織先輩。

「はひー、ウニさんのおっぱい枕ふっかふか~~。次、次、前から埋もれたーい!」

「ガミエ、あんたまでサボってんじゃねーわよ!」

「いいじゃない、ミシェル。休ませてあげてよ。みんなもちょっと休憩して。後はあたしが読んでおくから」

 桃紙さんの顔面を胸に挟んだまま、羽織は入部届の束を自分の元に引き寄せる。


「………」

 その紙束を無言で横からかっさらった。

れんちゃん?」

「休むんなら、羽織も休めよ」

 そして、改めて一番上から読みにかかる。

「いいよ、蓮ちゃんこそ休んでよ。慣れないダンスで疲れてるでしょ? ほら、かして」

「いいから、羽織が休めって」 

取り返そうとする羽織の手を制して僕は言う。

「蓮ちゃん……?」

そうだよ、本当に休むべきなのは……。

「あの、お鈴さん」

 僕は向かいでしつこくヘッドバットを繰り返している副座長に顔を向けると、

「明日のライブ、羽織を一度休ませたらどうですか?」

 この二日、ずっと心の中にため込んでいた思いを口に出してみた。


「ああ?」

――ら、目玉を脳みそに押し込まれるような、すさまじい眼光を叩き込まれた。どうなってるんだよ、この人の目力は。前世メデューサか。

「いきなり何わけわかんないこと言ってんの、クソガキ」

「い、いや、別にわけわからなくはないでしょうよ」

 内心の怯えをひた隠しにしつつ、必死に気持ちを奮い立たせる。

「ライブをやる度に羽織目当ての入部希望は増える一方じゃないですか。志望動機の内容もどんどんおかしな方向にこじれていくし、ダンス中のコールも酷いもんですよ。ここらで一度羽織を休ませてやったら……」

「却下! 論外! 不許可! 棄却!」

 しかし、副座長は矢継ぎ早に切り捨てる。


「な、なんでですか、このままじゃ羽織だって辛いでしょ! 羽織目当ての希望者を除外するなら、そもそも羽織を表舞台に出さないほうが……ぐぇぇぇぇぇ」

「それ以上喋ったら殺しまくるぞ、クソガキ」

 喋れません! そんなふうにネクタイを締めあげられたら喋れませんよ、お鈴さん。

「や、やめて、お鈴ちゃん。あたし……」

 不穏な空気に反応して羽織も咄嗟に立ちあがるが、

「何も言うな、ウニ! 乳もぎ取り殺すぞ! 何があっても、アンタは絶対ライブから外さないから」

 お鈴さんは発言すら許さない。

「ゴホッ、ゴホッ、横暴すぎるでしょ、なんでそこまで羽織に負担を強いるんですか!」

「負担……?」 

 一瞬言葉を詰まらせたお鈴さんは、何かを探るようにサッと羽織と目を合わせると、

「ウニが一番客を呼べるからよ」

 珍しく小さな声でそう言った。


「はい………? 今なんて?」

「人が集まらなきゃパフォーマンスなんかやってる意味ないでしょ。演劇界の常識その三よ、この世界では客を呼べるやつが一番偉いの。だから、何があってもウニは出す。以上、話はおしまい。一光いっこうがまだだけど稽古始めるわよ。全員衣装を脱いでジャージに着替えて」

 僕のネクタイから手を離し、汚い物でも触ったといわんばかりにハンカチで拭うお鈴さん。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、お鈴さん! なんですか、それ。全然納得できませんよ」

「しなくていい。仮入部が製作の決定に口を出すな。それより、あんたにはやらなきゃならないことがあるでしょ」


………やること?


「罰ゲームよ。一光が用事でいないから副座長のわたしが今日のパフォーマンスの順位をつけるわ。一位はわたし、最下位はダントツでレント。罰として商店街のコンビニまでパシって来なさい。わたしは2ℓの緑茶ね」

「いや、重いし、遠いし!」

「あ、瀬野っち、うちも1ℓのパックのミルクティー買ってきてー」

「アタシは2ℓの水三本ね」  

 すかさず我も我もと手を上げる部員達。

「いや、行かないですって! ちゃんと話が終わるまで僕はここを動きませんから」

「ほう、どうしても動かないっていうの? それなら………」

 変幻自在のお鈴さんの眼光が妖しく輝く。

な、なんだよ。力づくで追い出すってか? やれるもんならやってみろ、そんな細腕で何ができるっていうんだよ。


「ここで今すぐ着替えるわよ」


 スポーンとナース服が脱ぎ捨てられた。

「うわあー! そんなことができるのかー」

「ほらほら、さっさと出て行かないと下着も行くぞー!」

 一瞬で下着姿になったお鈴さんがパンツのゴムに親指をかける。

「あほか、お鈴! 何しとんねん!」 

「きゃー、だめだめ、お鈴さん! 後ろ向いて、レント君!」

ああ、もう、なんなんだよ、これ! 桃紙さんとちゃーさんに背中を押され、後ろを向いた直後だった。


「うりゃー!」、「「「きゃー!」」」


 お鈴さんの雄叫びと、女子部員達の悲鳴が同時に部屋に響いたのは。何だ何だ、僕の後ろでどんな世界が広がっているんだ!

「出てって、蓮ちゃ――ん! 絶対振り返っちゃだめだから―――――!」

「おら、パシリ代よ、レント。どっかで金に換えてこ―――――――い!」

「投げないで、お鈴さ―――ん!」


 泡食って駈け出した僕のうなじを、生暖かい布様のものが擦って落ちていった気がするのは………多分気のせいだったと信じたい。


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