17話 羽織は男子のアイドルなのです
くどいようだけど僕と
家が隣同士で家族ぐるみで仲がいい。一人っ子の羽織は兄弟に憧れがあったらしく、頼まれもしないのに勝手に
中でも同性の
そんな羽織の干渉はもちろん教育面にも及んでおり、僕が小学生の頃から口を酸っぱくして言われ続けたのが、第一に『よく食べ、よく眠りなさい』。第二に『女の子は泣かせちゃいけません』そして第三が………
「ごめんなさい、
『悪いことをしたらすぐ謝りなさい』だった。
翌日、朝一番に僕の教室を訪れた羽織は、パンと手を合わせる音を響かせて深々と頭を下げた。
「蓮ちゃん、昨日美愛ちゃんに怒られたよね? あれあたしのせいなの、ホントごめん!」
「あ、う、うん。もういいって、羽織。頭を上げろよ」
僕は自分に出せる一番穏やかな声で語りかけるが、
「ううう~~、ごめんごめんごめん」
羽織は頭蓋骨を切り割ろうとするかのように合わせた手で己の額をガシガシと叩く。
「昨日、帰りしなに偶然美愛ちゃんに会ってね。その時の美愛ちゃんがまた超可愛かったからあたしテンション上がっちゃって。いっぱい笑ってもらおうと思って喋りまくっちゃったの。蓮ちゃんの話もだいぶ盛って喋っちゃって………」
「うん、わかった。わかったから頭上げろよ。羽織が電話してくれたおかげで美愛の誤解もすぐとけたしさ、そんな謝んなよ」
「………でも、怒ってるでしょ?」
合わせた手の向こうから覗き込むようにして僕の顔色をうかがう羽織。
「全然怒ってないよ、ほら」
僕は最高の笑顔でそれを迎えるが、
「あわわわ、怒ってる! これは絶対怒ってる顔だ! ごめんごめんごめんごめーん」
羽織は『ごめん』の数だけ、さらに深々と頭を下げた。
「いや、怒ってないから! 全力の笑顔だから、これ。マジで怒ってないから!」
てゆーか、例え本当に怒ってたとしても、この状況じゃ言えねーから!
視線をぐるりと一巡させると教室中の人間と綺麗に目が合った。
………なんだ、この視線の包囲網は。そりゃあ、いきなり上級生が教室に入ってきて後輩の僕にひたすら頭下げてりゃ何事かと気にはなるだろうけどさ。それにしたって熱烈過ぎやしないか?
さっきまでの和やかなHR前の空気どこいったよ。
羽織が一歩足を踏み入れた瞬間、教室のムードはがらりと一変した。それまではしゃいでいたクラスメートたちは皆一様に押し黙り、あからさまにいぶかしげな視線を送ってくる。特に男だよ。こえーよ、お前ら。目で殺すなんてレベルじゃないぞ。はあっ、高村が! 僕の左隣の席でクラス一優しい生物部の高村までが人を食べる医者のような目でこっち睨んでいる!
「頼むよ、羽織。お願いだから頭上げてくれよ。もう、むしろ俺の方が頭下げて頼むわ!」
九十度を超える角度まで下げられた羽織の頭を下回ろうと思うとほぼ土下座だ。
「ありがとう………優しいね、蓮ちゃんは」
そこまでやって、ようやく羽織は頭を上げてくれた。
………危なかった。あと一秒でも長く羽織に頭を下げさせていれば、僕は死んでいた気がするよ。うん、だいぶバカげた仮説なのはわかってる。でも、そう思わずにはいられないほどの視線の熱量なんだよ。
「でねでね、蓮ちゃん」
まだ何かあんのかよ。帰れよ、早く。
「やっぱ蓮ちゃん、怒ってない⁉」
怒ってない。これは怯えてるんだ。頼むから早く帰ってくれよ。増すんだよ。なぜだか知らないけど、羽織がここにいればいるほど視線の熱量が増すんだよ。
「いや、実はね、蓮ちゃん。その、謝りついでってわけじゃないんだけどさ。サンデーゴリラの人達も蓮ちゃんに謝りたいって言ってるの。だから、今日の放課後また第二音楽室まで来てくれないかな?」
「はあ? 行くわけないだろ。なんで僕が行かなきゃいけないんだよ」
「そこを何とかお願いします、蓮ちゃん様、この通りですぅぅぅ」
「だーから、頭をさげるなって! やめろ、羽織。そういうことされたら……」
あー、光ってる! 男子の目がキラーンってなってるって。え、高村? 何持ってんだ。カッターナイフの刃はそんなに出す必要ないだろう! なんなのこの空気。おかしいだろ、お前ら羽織の親衛隊か。
「わかるよ、蓮ちゃん様。謝りたいならそっちから来いってことだよね? 仰ることはもっともです! でも、そこを何とか! 助けると思って!」
「わかった。わかったから、お前こそ助けると思って頭上げてくれ、羽織!」
「え、じゃあ、来てくれるの?」
「行くよ! 行くから、頭上げろ! 早く!」
高村が二本目のカッターナイフを取り出してるんだよ。両手にカッターナイフ握ったクラスメートってめっちゃ怖いんだよ!
「やったー。ありがと、蓮ちゃん! 恩に着るよ、ありがとうございますぅぅぅ」
「だから頭を下げるなって! もういいから帰れ。ほらほらほら!」
今度は感謝の意を込めて頭を下げだした羽織の背中を押して、無理矢理教室から押し出した。
「じゃあ、蓮ちゃん放課後にあた――」
そして、まだ何か言いたげな羽織を無視してぴしゃりと扉を閉める。
「いたたたたたたたたた!」
その途端、教室中から雨のように降り注ぐ消しゴム爆弾。
「なんなんだよ、お前ら……え?」
いきりたって振り返ると、高村が不自然な程のオーバースイングでカッターナイフを机の引き出しに収めているところだった。
た、高村よ。お前今………投げようとしてなかった、それ?
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