11話 こんな勧誘もありました、嘘だけど


「なんだ、二宮のやつサボりかよ」


 SHR終わりの休み時間。廊下の壁に背を預け、僕の朝の報告を聞いていた荻丸おぎまるは、またかという表情で呟いた。

「待て待て、荻丸。そこ? だいぶ色々話したと思うけど食い付くとこ、そこか?」

 他にもっとあるだろう。待ち伏せと、占い師とか。二宮のサボり癖なんて昔からのことじゃん。

「昨日二宮のやつ、明日こそ蓮冬れんとのことを将棋部に連れていくって息巻いてたからさ」


 二宮が? 僕の周りでは色んな人間が僕を部活に引き込もうと画策してるんだな。

「あいつなりに心配してるんだろ、部活が決まらないお前を」

「二宮がぁ? ないない。サボり仲間が欲しいだけだって」

「サボり仲間ねぇ………」

 チラリと視線を窓の外に逃がす荻丸。こいつは三人以上の人間が集まる場だとほとんど口を利かないが、二人きりになると途端に饒舌に喋り出すから不思議だ。

「で、行くのか? 将棋部」

 窓の外を見ながら荻丸が問う。

「ああ、うん。そうだなあ…………」

覗くだけなら。そう言おうとした瞬間、


「ええ―――! 将棋部でイジメ事件だってー、こぉぉ―――わぁぁぁ――!」


 僕の妥協的決断を遮る甲高い声。

「ふんふん、なになに? サンディエゴの日本人学校の将棋部で1920年にイジメ事件発生かあ。怖いなー。将棋部って怖いなー」

 声の発生源を振り向けば、わざわざ廊下でタブレット端末を開き、一世紀前の西海岸のマユツバ事件を音読しているツインテール………。

「はー。怖いはー。将棋怖いはー」

 桃紙ももがみさんはタブレットの影からチラチラとこちらに視線を飛ばしつつ、僕らの前を一回、二回と往復し、

「コラー、桃紙! 何だ、そのマイコンは! 勉強に関係ない物は没収だー!」

 三回目の往路で生徒指導の象縊ぞうくびり先生に首根っこをひっ掴まえられ、


「きゃー。待って、先生! だめ、タブレットだけはだめ。そうだ、マンガ! あたし学校にマンガ持ってきてるんです。これ差し出しますからタブレットは許してー」

「両方没収」

「そんなー!」


 ……………そのまま職員室に引っ立てられて行った。



 昼休み。

「タブレット取られちゃった………」

 チャイムと同時に購買部に走ろうとしたらブレザーの裾を桃紙さんに掴まれた。

「ああ。そ、そうなんだ。残念だね」

「あれ、お母さんのやつなのに………」

 なぜだろう。絶対に自業自得のはずなのに、桃紙さんの目は『お前のせいだ』と言っている気がする。

瀬野せの君のせいだから、今からちょっと付き合って………」

 口までそう言ってるだとぉ⁉

「いや、せっかくのお誘いなんだけど、パンを買いに行かないといけないから………」

「………パン? あたしがお母さんのタブレット没収されて、フルコースのお説教が確定したってのに、呑気にショッピングですか?」

 いや、ショッピングて、君。


「あ、あのさあ、桃紙さん。一ついいかなあ?」

 僕は袖を掴む手をやんわりと振りほどきつつ言う。

「これは純然たる事実の確認なんだけど、お母さんのタブレットが没収された件について、僕には何の落ち度もないと思うんだけど、そこんとこどうだろう?」

「そーゆーことにしてあげるから付き合って」

 ええー! 恩に着せられたー。純然たる事実をー。

「じゃ、行こっか」

 ええー! 歩き出したー。了承もしてないのにー。



 教室を出た桃紙さんは、食堂や購買部に向かう生徒の群れに逆流して歩き出した。

言い知れない迫力を帯びた背中に耳たぶを掴まれるようにして、僕はその後ろについていく。どうやら友達が多いようで、途中で何度となく男子や女子に話しかけられては愛想よくそれに対応しつつ、桃紙さんは一階まで降りて昇降口を出た。校舎の角を曲がってゴミ捨て場の方角とは逆に折れる。

 

―――ぐぅぅぅぅ。


その辺りで盛大に腹が鳴った。いったいどこまで行く気なんだろう。早く解放してくれないとパンが売り切れちゃうんだけどな。 

ねえ、まだ歩くの、桃紙さん? もう裏庭まで来ちゃったよ? いい加減にしてくれよ。よし、決めた。あと十歩だ。あと十歩歩いても到着しなかったら引き返す。ここまでよく付き合ったほうさ。だって僕は何も悪い事してないんだもん。よし、今からあと十歩だ。断固とした態度で引き返すからな………。


「ねえ、桃紙さん。悪いんだけどそろそろ購買部行かないといけないからさ。早くしてもらえると助かるんだけど………」

 右足で十歩、左足で十歩。念のため両足でもう十歩歩いてから僕は断固たる口調で主張した。が、桃紙さんは意に介することなく僕に十一歩目と十二歩目を強要し、

「ぐああああ、誰か助けてー」

 十三歩目を踏んだ瞬間、桜の木の影から男子生徒がよろめき出て崩れ落ちた。

「ええっ、なになに? 今度はなに?」

「だ、大丈夫ですか?」

 慌てふためく僕を置いて、桃紙さんは迅速に男子生徒駆け寄る。

 タイの色から察するに二年生なのだろう、男子生徒は五分前に竜巻から這い出てきたように全身ズタボロだ。頭からだくだくと血を流し、顔は痣だらけ、まさしく絵にかいたような重傷者で………って、ていうか、ホントに絵で描いてるんじゃないか、あれ。よく見れば血も痣もすげー嘘くさいんだけど。


「ひ、酷い怪我! どなたか存じませんが、いったいどうなされたのですかぁぁぁ」

 ついでも、桃紙さんの芝居も嘘くせーなー。本当に演劇部なのか、君。

「うう……将棋部に……将棋部に………」

 息も絶え絶えに桃紙さんに縋りつく男子生徒。よく見たらこの人めっちゃイケメンじゃん。そんなキレーな顔汚して何やってんのさ。

「しょ、将棋部の先輩に………飛車で殴られた」

 飛車⁉ 飛車って、あの飛車? 

 そんなことになるの、飛車で殴られると? 

「ああ、お可哀想にぃぃ! なんで、なんでそんな酷いことをぉぉ。よよよよ」

 だから演技がくどいんだって、桃紙さん。恥ずかしいよ。見てる方が、恥ずかしいよ。


「うう、俺が悪かったんだ……初めから将棋部なんか行かずに演劇を選んでいれば……」

 あ、こっちのイケメン先輩の方は、先輩だけあって割と演技は上手いかも。

「はぁぁ、なぜ、あなたは演劇を志していながら、将棋部を選んでしまったのぉぉぉ」

 ああ、台無しだ。桃紙さん入ってくると台無しだ。酷いな、これ。わざとやってんのか、この子。てゆーか、何これ? 僕、見てなくちゃいけないの、このくだり?


「俺の弟に会ったら伝えくれて。お前は道を誤るなと……………がふっ」

「しっかりしてぇぇぇ」

 あ、終わったみたいだ。桃紙さんはガクリと意識を失ったイケメン先輩の体をそっと地面に横たえると、痛ましそうに手を合わせ、

「………死んだわ」

 なんだと⁉

「瀬野君」

なんすか?

「どう?」

 どうって………。

「演劇を愛する人をこんな目に合せるなんて、本当に怖いよね。将棋部って」

「ソーデスネ」

 

もはや反論する気も失せた僕は、桜の初々しい若葉を見上げながら今日は昼飯抜きだなと覚悟を決めていた。


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