38話 抑止力をもちあるくな
―――ガラガラガラ。
「なんでサボったの?」
教室の扉を開くと、目の前に仁王立ちの
―――ガラガラガラ。
ので、いったん扉を閉めた。とりあえず、深呼吸して心を落ち着け……
「めっちゃ電話したのに、なんで出なかったの!」
……ようとする前にバシーンと扉が開かれた。
レールに足を引っ掛けて、ズズイと怒り顔を押し出してくる桃紙さん。
「サボるってなんだよ、仮入部は朝練免除のはずだろう。とやかく言われる筋合いは何もねーよ!」
僕は教室にたどり着くまでに何度も脳内でリハーサルしたセリフをもう一度心の中で繰り返すと、
「ご、ごめーん。末の妹が熱出しちゃってさー。病院連れて行ってたんだよ、あははは」
心の外ではそう言った。
「はぁぁ? 病院??」
しかし、頭から嘘と決め込んだ桃紙さんは、視線にも声にも疑いの色を隠さない。
「朝から病院に寄ってこの時間に間に合うんだ? 何の病気だったの?」
「え? えーっと、なんだっけな。あははははは」
「何でそこがわからないの! 何しに行ったの、病院に!」
「いや、だから、それは、度忘れしちゃって、あはははは」
「何で妹さんが病院送りになったのに笑ってるの!」
ぐおー、厳しい! 意外に厳しいぞ、桃紙さんの追及。
「い、いや、違うんだって。だからその………結局行ってないんだよ。そう、仮病でさ。学校サボろうとしたんだよ。全くダメな妹だよ、ははははは」
「みんな心配してたんだよ、レント君もう嫌になっちゃったのかなって。お
「寂しい? お鈴さんが?」
意外な名前が、意外な形容詞と共に出てきたな。
「ウニさんだけが笑ってたの。心配いらないって。きっと、何か事情があるんだって言って」
「
「でも、多分ウニさんが一番ヘコんでたと思う。だからあたし、めっちゃ電話したのに」
「そうなんだ……羽織が……」
「放課後は来れるんだよね?」
縋るように僕の袖を掴み、懇願するような目で見つめ、詰問するような口調で言う桃紙さん。
「あー、放課後はどうだろうな。その、約束があってさ……」
「誰と! 何の!」
「いや、それはまだ未定なんだけど……」
「誰と何をするかも決まってないなら、もう約束じゃないじゃん!」
「もう、許してくれよー」
「あ、逃げるなー!」
「なーなー、桃紙」
たまらず逃げを打った僕と桃紙さんの間に割って入ったのは、田中、但馬、山崎のクラスのお調子者軍団。
「桃紙って演劇部だろ?
「はあ? 無理よ。勝手に写真とか渡せないし」
「そこを何とか! ウニ姫のファンクラブ作りたいんだよ。服着てるやつでいいからさ」
「着てないやつなんか持ってるかー!」
桃紙さんとお調子者軍団の押し引きを背中で聞きつつ、僕はげんなりとした気分でその場を離脱して席に着いた。
やれやれ、羽織人気も来るところまで来たって感じだな。
今日も教室は羽織の話題で溢れている。耳を澄ますまでもなく聞こえる、ぼいんだのばいんだのという擬音。どうやら今朝のサンデーゴリラのライブも大盛況だったようだ。こいつらは今日僕が出てなかったことに気が付いているのだろうか。まあ、いいけど。
などと思いながら教科書を机に移していると、
「ねえねえ、
高村に肩を叩かれた。入らねーよ。なんだその、マニアアックなクラブは。
「宇仁島先輩のファンクラブだよ。ウニ姫様を支えるシャリになるって意味らしいけど」
そいうことか。じゃあ、余計入んないよ。何で隣のおねーちゃんのファンクラブに入らないといけないんだ。そういう団体を組織されるのを、誰より羽織自身が一番嫌がっていることを知っているのか。
どうだよ、お鈴さん。これがあいつを全面に押し出し続けた結果だよ。男は羽織をアイドル扱いで持ち上げる。女子はそんな暑苦しい男子を避けてサンデーゴリラから遠ざかる。そうなるに決まってるんだよ。
「ねーねー、瀬野君聞いてるの?」
しつこく肩を揺する高村に、「んー」とぞんざいな相槌を返して顔を背けた。
喧騒に辟易として、盛り下がってる方盛り下がってる方へ視線を逃がすと、自ずと視界の中心に一人の少女の後姿を捉えることになる。教室の隅で同じく喧騒に背を向けて、スマートフォンを弄っているショートカット、内田ヒャド子。
『抑止力よ』
スマートフォンのディスプレイに照らされた青白い笑顔が音声付きで脳裏に蘇った。
昨日の路地での一件は、いったい何だったんだろう。思い返せば思い返すほど、悪い夢だったような気がしてくる。
まさか内田が、あの内田が…………夕飯前に一人でステーキ丼食べるなんて。
「――っ」
と、何かを察したのか、内田がビクリと背中を震わせて振り返った。そして、僕と目が合った瞬間、
「…………」
わかっているだろうなとばかりにスマートフォンの角を三回叩く。
どっと冷や汗がわいてきた。ふむ、やっぱり昨日の出来事は夢ではなかったようだ。
僕の反応に満足したのか、内田はツンとそっぽを向いて、再びスマートフォンを弄りだした。
なんだかなあ、女の子は休み時間になったらお喋りに興じるもんだろう。まったく、朝から何のアプリに熱中してるん……………あれ? 待てよ。
………まさか、例の動画を見てるんじゃないだろうな。
背筋が震えた。
いや、まさか。脅しの道具をあんな堂々と見ているはずがない。でも、じゃあ、何をやっているんだ? なぜ、内田はずっとスマホを弄っている? そうか、メールだ。よそのクラスの友達にメールで例の動画を送っているんだ。そして、その感想をメールで言い合っている真っ最中………いや、まさか。そんなまさか。
「あ、いたいた、レント君! いつの間にいなくってたのよ、まだ話は終わって………うわぁ、どうしたの、その汗!」
「あ、も、桃紙さん。何でもない。何でもないよ。うん、ないない。はははは………」
そうだよ、ないよ。そんなことあるはずないよ。もしあったら、僕の学園生活が三年を待たずに終了する。
「妹さんじゃなくてレント君の方じゃないの? ………病院行かなきゃいけないの」
桃紙さんにどん引きされても反論できない程、僕の額は冷や汗の大瀑布と化していた。
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