47話 緊張は練習量に比例する
「無断で稽古をサボるかと思えば、随分な復活の仕方してくれんじゃないの。ええ、一年坊主よ」
部室の床に正座する僕の額に、ぐりぐりとゾンビナースの拳が押し付けられる。
「そーんなにわたしの下着姿が目に焼き付いちゃったって訳か。殺すぞ、こら」
「す、すみません」
我ながら弁解の余地もない。
「レ、レ、レント君…………うー、もうっ、レント君!」
後ろに控える
「やーん、うち
なぜだか、ちゃーさんだけは嬉しそうに着ぐるみを揺らしているけれど。
「なになに~、また覗き? ほーんと末恐ろしい坊やよね~~」
とそこへ、どこで着替えを済ませたのか、すっかり女装を完成させたミシェルさんが部屋の中に入って来た。もちろんちゃんとノックをした後で。
「おーい、お前ら、いい加減許してやれよ。そんなことより早く行かねーと、下校のラッシュアワー逃しちまうぞ」
ミシェルさんに続いて
「ふん」
お
「サボタージュとノゾキの失態は、パフォーマンスで返して貰うわよ、いいわね!」
僕の頭を平手で叩いた。
「おっす、任せてください!」
「………………………」
『いやー、勘弁してくださいよー』とか、『そんなん無理決まってるじゃないっすかー』みたいな弱気のリアクションを予想していたのだろう。案に反して強く響いた僕の返事に、副部長の表情は少し変わった。
「よし、そろそろ行くか、お鈴」
そして、一光さんのゴーサインに促され、
「ふん………じゃあ千秋楽、気合入れていくわよ、野郎共!」
「「「やぁぁぁぁってやるぜぇぇぇぇ――――!」」」
お鈴さんの号令がサンデーゴリラの役者達に火をつけた。
しかし、気合だったら僕だって負けていない。
だって、言っちゃったもん。任せとけとか言っちゃったもん! やるしかない、こうなったらやるしかない。
「
そんな隆々と煙の沸き立つような肩にふわりと添えられる優しい手。
「お帰りなさい」
僕にだけ聞こえる声で囁いた。
………こうなったらもう、やるしかない。
※
石畳に立つと、武者震いが踵からせり上がって首に抜けた。
前の道は、今日も下校中の一年生とその他見物人で溢れている。石畳を埋め尽くす、人、人、人。さすがに最終日だけあって客の集まりもひとしおのようだ。
そんな人だかりをザッと見回し、
「さっすがに最終日ともなると全然人おらんなー」
ちゃーさんがお約束のボケをかます。
「まあ、一週間同じことやり続けたわけだからね。さすがに客も飽きるわよ」
あれ、お鈴さんがツッコまないぞ。もしかして、人数が多いと思ってるのって僕だけなのか?
「もっともぉ、あの一角の人数は増える一方だけどね~」
ミシェルさんが肩をすくめて見た先には、
「ウニ姫わっしょい! ウニ姫わっしょい!」
すでに踊っている軍艦クラブの皆様方。だから、コールやめてくれって。そんなことされたら羽織のテンションが………。
「うひー、千秋楽だー! わくわくするー。頑張ろうね、蓮ちゃん!」
あれ、上機嫌じゃん。どうしたの、おねーちゃん。
……つーか、羽織もちゃーさんもミシェルさんもお鈴さんも、何でみんなこんな余裕なんだ? もうすぐパフォーマンスが始まるってのに。え、僕だけなのか? こんなにソワソワしてるのって。
「ねえねえ、レント君。今回だけあたしとウニさん順番代わることになったから。最後は一緒によろしくね」
横からにゅっと湧き出てきた桃紙さんが、僕のベールを引っ張る。僕は咄嗟に親指を立てて見せ、
「だるばり!」
と、元気にそう答えた。
「は? 今、何て言ったの?」
あれ、僕今何て言ったんだ? 『了解』だろ、『了解』。早く言い直せ、ほら。
「だ、だるばり!」
「ちょっと大丈夫、レント君?」
おい、大丈夫か、僕。何で呂律が回らない? 嘘だろ、なんだ、この感覚…………もしかして、緊張してるのか? ヤバい、落ち着け、僕。ちょ、ちょっと水でも飲もう………ってうわ、手ぇ震えてんじゃん。なんだこれ、急に何だよ。よ、よし、ちょっと横になろう。横になって一度リラックスしてから………。
「じゃあ、行くぞ、お前らー」
何て言っているうちに、一光さんの合図でラジカセからロックのリズムが流れ出す。バカか、僕は。もうすぐ本番スタートだっつってんのに、横になってる暇なんかあるものか!
「オラオラ、ボンクラ新入生共――! 最終日だからってうちらは手を抜かねーから覚悟しろやぁぁぁ!」
高まる緊張を煽るように、お鈴さんの甲高い怒鳴り声がマイクで増幅されてまき散らされる。毒舌姫は今日も絶好調のようだ。
「いえーい!」
「わーい!」
そして、順番を入れ替えた羽織とちゃーさんがベールを脱いで進み出ると、
「ウニ姫ぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――!!!」
待ち兼ねたように爆発する軍艦クラブの大合唱。野太い重低音が重圧となって鼓動のペースに拍車をかける。気が付くと握りしめた拳にべっとりと汗をかいていた。
ちくしょう。なんなんだ、これ。
初日も二日目もほとんど緊張しなかったのに、どうしていっぱい練習を積んできた今日に限って、こんなに膝が震えるんだ。
………ああ、そうか。いっぱい練習したからだ。この時のために死ぬほど練習してきたからだ。
「あはーん!」
ミシェルさんがベールを捨てて進み出た。
長い手足を活かしたダイナミックで繊細な踊りがお客さんの目を否応にもひきつける。
………うまい。
散々練習を重ねてきて、ようやくすごさが理解できた。ミシェルさんってこんなに綺麗に踊るんだ。いや、ミシェルさんだけじゃない。ちゃーさんもお鈴さんも羽織だって、みんな上手い。こんな人達に混じって僕は踊るのか………?
「最後だよ、レント君。頑張ろ」
隣に寄り添った桃紙さんが僕の腕をつついて笑う。
――最後。
その言葉を聞いた途端、音が鈍った。
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