6話 ニンニクってなんの肉?

 放課後。


「はーい、じゃあ今日もゴミ捨てよろしくなー、瀬野せのプロ」

「頼んだぞー、プロゴミ捨ての瀬野プロ」

「誰がプロゴミ捨てだ。金稼いだ覚えねーわ。明日こそ見てろよ」


 裏の裏をかいたチョキでまさかの一発負けをくらい、僕は班の男子に囃し立てられながらみっしりと中身の詰まったゴミ袋を抱えて教室を出た。ゴミ捨て場は校舎裏。えっちおっちらと階段を下り、昇降口で靴を履きかえ舗装道路を歩く。


 くそう、これで今週のゴミ捨てじゃんけんは二連敗。しかも二日ともチョキでの一発負けという逆ミラクルだ。何の呪いだよ、これ。おかしいだろ、部活も決められないほど慎ましやかに生きてきた僕が誰かに呪いをかけられるほど恨まれる覚えなんて…………まあ、あるっちゃあるか。主に右隣の席に。

急に体から力が抜けて、ゴミ袋をドサリと下に落とした。


『ゴリラが動いている』

 SHR前に謎の言葉を漏らしたお隣さんは、それまでの上機嫌が嘘のようにフルバーニングでキョドり始めた。

 突然薄い胸に手を当てて何事かをぶつぶつと呟いてみたり、休み時間に苦しそうな表情でメールを打ったり、着信を確認して机に頭を打ち付けたり、かと思えば僕の顔をチラチラと盗み見ては悩ましげにツインテールを顎の下でクロスさせてみたり、椅子に座ったまま両足をバタつかせて上靴を教卓まですっ飛ばしてみたり。

 

 元々落ち着きない性格だというのを差し引いても、桃紙さんがひどく動揺していることはその行動から充分に見て取れた。そして、その露骨な狼狽の原因の一端を僕が担っているということも。しかし、僕のことをばりばり意識に入れているわりに、特に話しかけてくる様子もないのでこちらから会話を仕掛ける理由もなく、ぎくしゃくとした居心地の悪い緊張感は結局放課後まで続いたのだった。


 まあ、絡んでこないわけだから実害はないけれど、だからって落ち着かないんだよ、隣の席で要注意人物がゴソゴソやってると。本当にもう、どうして僕の高校生活はかくも窮屈なんだろう。家でも教室でも『隣の席』に要注意人物が居座っているなんて。

「えーい、くそ」

ヤケクソ気味に呟いてゴミ袋を抱えなおす。一度落としたゴミ袋は前よりも重くなっている気がした。早く終わらせて家に帰ろう。そう思いながら校舎の角に沿って左に曲がり、

「うおっと!」、反射的にバックステップを踏んで校舎の陰に逃げ戻った。

 あ、あぶねー。出やがった。言ってるそばから出やがったよ。

 校舎の壁にへばりつき右目だけを出して様子を覗う。ああ、やっぱりいる。うず高くゴミ袋を積み上げるゴミ捨て場、その横に待ち構えるようにして立っている。

 もう一人の危険人物が………。


「お―――い、れんちゃ――――――――ん!」


 芯の通った大声が校舎裏に反響した。

くそう、やっぱりバレてたか! 外では『蓮ちゃん』って呼ぶなってあれほど言っておいたのに。ほら、みんな見てるじゃん。ゴミ捨てに来てる人とか、そこら歩いてる人とか、蓮ちゃんって呼び名に心当たりある人がみんな、「え、わたしのこと?」って振り返ってるじゃん、紛らわしいな。


「一年一組、瀬野蓮冬せのれんとちゃ―――――――――――ん」

 だからってフルネームで呼ぶんじゃないよ! 繋がるだろ、『蓮ちゃん=瀬野蓮冬』がみんなの中で繋がっちゃうだろ。

「小六までニンニクは何かのお肉だと思ってた、蓮ちゃ―――ん」

 むぐぐ、古い話を持ち出しやがって。だめだ、反応するな、僕。これはやつの作戦だ。このところずっと避けてきたから、ああやって過去の恥ずかしい話を暴露しておびき出す作戦に出やがったんだ。受け流せ、あの女の挑発に乗るんじゃない。


「韓国、中国みたいな感じで、外国っていう名前の第三の国がアジアにあると中学まで思ってた、蓮ちゃ―――ん!」

 思ってたけども! 社会の時間に爆笑されたけども! いいじゃん、別に。誰にだってあるだろ、そんな程度の間違いは。

「小学生の妹と一緒にお風呂に入ろうとして全力で拒否られた、蓮ちゃ――ん!」

 ああー、あれはショックだった~~。お兄ちゃんショックだった~~。先週までは喜んで一緒に入ってくれていた栗が急にだったもんな~~。

 くそー、それがどうしたよ。妹が好きで何が悪い。家族を愛して何が悪い。今日だって諦めずに頼んでみるさ。なんだ、それが切り札か? まったくノーダメージだね、そんな暴露は。


「家族の共有パソコンの『お気に入り』って名前の隠しフォルダに大量に保存していた秘密の画像が妹ちゃんに見つかった時、お兄ちゃんも男の子だからエッチなのが好きなのは我慢するけど、裸のお姉さんとあたしの写真はフォルダをわけて保存してと泣きながら小一時間お説教された、蓮ちゃ―――ん」


「なんでそれを知ってるんだあああああああ!」


 しまったああああああああああああああああああああ! 

 思いっっっきり大声で名乗り出てしまったあああああ! 

ち、違うんです、みなさん! 僕はただ、純粋に家族として妹を愛しているだけで、決して皆さんが考えているような犯罪者予備軍では――


「はーい、性犯罪者たーいほっ」

 よりによって最悪のタイミングで挑発に乗ってしまった僕の手首を引っつかみ、

「ず・い・ぶ・ん、久しぶりだね~、蓮ちゃん☆」

 

我が家の隣のお姉さんでお馴染み宇仁島羽織うにしまはおりは、山盛りのコロッケを前にしたような、ホックホクの笑顔を輝かせた。


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