41話 マジでダンス教えるやつは百回読め
「早く、間違ってたらその都度教えてあげるから」
「あー、はいはい。わかりましたよ、先生!」
人気のない裏庭に連れ込んだと思ったら、突然サンデーゴリラのダンスを踊ってみろという内田。僕はヤケクソ気味に鞄を投げ捨て、内田の正面に立った。
曲がないのでカウントでダンスを開始する。最初のフリは右手をにょーん、つまり右腕をそのまま真上に上げるだけ。
「はい、違う」
なのに、内田がぴしゃりと手を打った。
「もう⁉ いや、これは合ってるだろ、いくらなんでも!」
繰り返すが、最初は右手を上に上げるだけ。
「でも、違うのよ」
「え、何でそんなこと言えんの? お前にちゃーダンスの何がわかんの?」
「フリ付けくらい一回見たら覚えるでしょ。ほら、ちゃんと手を上げて」
「上げてるって、さっきから……」
「――ちっ。だからぁ!」
舌打ち一発で僕を黙らせると、内田はズカズカと歩み寄り、僕の右手の肘を掴んで、
「手を上げる時は、こう!」
思い切り上に捩じり上げた。
「いででででで!」
「肩は下げる」
「うおっ、うおっ、うおー!」
「腕を上げる時は一番高くまで。腕の筋がビキビキするでしょ? それぐらい上げるのよ、わかった?」
いや、わかんないわかんない! 言葉なんか全然入ってこないよ。顔近いって! 小柄な内田が僕の肘掴んで肩を押えにかかると、顔がすげー近くなるんだって。そして、悔しいけど、至近距離で見たらべらぼうに可愛いんだって、お前。
「はい、続きやって。右手を下げて、左手を時計回りに上げる……早い! 左手が上がるのは右手が下がり始めてから。右手を下げる反動で左が上がるの。人差し指はできるだけ体の外側を通るように」
ぐおおお、やばい。今度は顔だけじゃなくて体まで近い! 内田が僕の両手を掴むから抱き合う寸前みたいになってるし。
ああ、ヤバい! 匂いが、女子特有のいい匂いが!
「動かすときは初速を早く、はい、以上を踏まえて最初からやってみて」
「え、あ、はい」
やべー、どうすんだっけ? 聞いてませんでしたとは言えないぞ。えっと確か、左手さげーの、右手あげーの、大きくしーの、早くしーの、遅くしーの……………。
「……いいじゃない」
褒められた! 何かわかんないけど合ってて良かった!
「じゃあ、次はこっちでやってみて」
そう言われ、今度は窓の前まで引っ張って行かれる。風雨に汚れた窓ガラスは午後の日差しを燦々と浴び、鏡のように僕と内田の姿を映している。
ふむ、こうしてワンパッケージに収まってみると、なぜだか急に恋人同士のような雰囲気が……。
「早くやって」
漂わないよね、わかってるさ。せっつかれるままに修正されたばかりのフリをガラスの前で再演してみる…………………って、あれ?
「どう?」
「……なんか、違う気がする」
目で確認してみて初めてわかった。今までの僕のフリと全然違う。なんつーか…………上手いっぽい?
「気がするんじゃなくて実際に違ってるのよ」
ガラスの中の内田が頷いた。
「実際に違ってるのはほんの僅かなディティールだけよ。でも、それだけで結果はこう。手はただ上げればいいんじゃない。ただ回せばいいんじゃない。正しい形から正しいコースを通って動かさないとだめ。そして、正解の形と動きは人によってそれぞれ違う。そういう細かな動きや気遣い全部ひっくるめてフリなのよ。つまり、何一つ正解を見つけていない今のあなたは、全くフリを覚えていないのと同じなの」
な、何も言えんわ………。
「さっきの心構えについてもそう。信じがたいことだけど、あなたは何も身に着けずに舞台に立っている。何一つね。それはひとえに……」
歌でも歌うかのように淀みなく、そして、ある種心地よいリズムに乗せてまくし立てる内田は、そこで溜息一つ分のブレイクを挟み、
「……指導者の責任よ」
そう言い切った。
「え、指導者? 僕のせいじゃ……ないの?」
「何であなたのせいなのよ。誰がフリ移ししたのか知らないけど、どうせ自分の真似をしろとだけ言われて、ろくな説明もされずに動きだけ見せられたんでしょ?」 「う、うん」
「腕一本動かすのにも往生する素人にそんな教え方して身につくわけないのに」
「そ、そう、そうなんだよ! それで細かく聞いたら、なんか怒られるし……」
「典型的な右脳型の脳筋ダンサーね。指導者には向いてないわ」
快刀乱麻。舌鋒鋭く切り捨てる内田。
「う、内田……」
「なに?」
「内田さーん!」
「何なのよ⁉」
やばい、感動した。僕の中に蟠っていた鬱屈を全て言葉にしてくれた。そうだ、そうなんだよ。ちゃーさんだけじゃない。中学の体育の先生もみんなそうだったんよ、内田さん。ああ、やばい、泣きそうだ。
「というわけで、あなたレッスンは一からフリを覚え直す、ううん、理解し直すところから始める必要があるわ。時間がかかるけど大丈夫よね?」
「はい、先生!」
オペに挑むドクターのように袖をまくる内田に、僕は最敬礼でそう答えるのだった。
なんということだろう。この短時間で僕は内田に心酔していた。
こうして、ドクター内田によるダンスレッスンが始まった。
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