39話 スマホは女子の必需品


一度気になりだすともう止まらない。 


 あの動画が誰かに送信されるんじゃないかという恐ろしい疑念にとらわれた僕の神経は、内田がスマホを取り出すたびに電気でも流されたかのように激しく反応した。


 で、また、めっちゃスマホ見るんだよ、あいつ。くそ、現代っ子め。

さすがに授業中は鞄にしまっているけれど、休み時間になった途端にそれが次の授業の教科書ですと言わんばかりにスマホを取り出す。二時間目の休み時間はイヤホンまでさして画面を見つめていた。どう見たって怪しいだろう。見てる。あいつは絶対、例の動画見ているよ。


 続く三時間目の休み時間は、次が移動教室なのでさすがに安心かと思いきや、誰よりも早く理科室に到着し、席でしゅっしゅとやっていた。昼休みはいつの間にか教室から姿を消し、始業ギリギリにスマホを弄りながら戻ってきて僕の神経を逆なでした。

さらに五時間目の休み時間、もう勘弁してくれという願いも虚しく、やはり内田の人差し指はスマートフォンのディスプレイの上を滑っていた。

 そして、迎えた放課後、手早く帰り支度を済ませ、廊下の混雑が過ぎるのをスマホを弄りながら待つ内田の姿を確認するに至って、僕の中に渦巻いていた疑念ははっきりとした確信へと変わっていた。


 内田ヒャド子……………あいつ確実に友達いない。


 うん。いや、いいんだけどね、別に。群れるのが好きじゃない人なんてたくさんいるだろうしさ。特に内田は見るからに社交的なタイプじゃなさそうだし、話しかけんなオーラばきばきだし、そんなに友達は多くはないだろうなと思っていたけれど。


でも、ガチでぼっちじゃん。

男子とも女子とも分け隔てなくぼっちじゃん。必要最低限のことも喋んないじゃん。つーか、今日一言も喋ってないじゃん。なんか途中から可哀想になってきたわ。昼休み、弁当持ってどこに行ってたんだよ? よそのクラスの友達のところだよな? 誰もいない屋上とか、無人の空き教室とか、トレイの個室とか行ってないよな? 頼むぞ、おい。


なんで脅迫された相手の身の上をこんなに心配しなくちゃいけないんだ。なんだ、この切ない気持ちは。

 まあいい。なにはともあれ、おかげさまで例の動画が流出する心配はきれいさっぱり消え失せた。内田には面白動画を共有して笑い合う相手なんていない。ゆえに、僕が牛野屋の一件を黙っている限り流出の恐れもない。

ああ、よかったー。内田さんがぼっちでマジよかったー。よし、帰ろう! もー、帰ろう。さっさと帰って栗の頭を思うさま撫でてやろう。

 こうして、今日一日腹の底に居座っていた懊悩が消滅した僕は、晴れやかな気分で席を立ち、


「さ、部活行こっか、レント君」


 次なる懊悩に物凄い握力で肩を掴まれた。


「ぐげぇ、も、桃紙ももがみさん……」

「はい、桃紙さんです。何、その意外そうな顔? 行くんだよね、部活」

 ぐぐぐ、不覚。内田のマークに熱中するあまり忘れていた。今日の僕には越えねばならないもう一つの壁があったんだ。

「さあ、早く準備してー。楽しい楽しいゲリラライブが待ってるよー」

「ちょ、ちょっと待って、桃紙さん! 今日はだめなんだって、僕にはほら約束が……」

「はいはい、もういいから。さっさと行くよー」

「イタイイタイ、引っ張らないで! 嘘じゃないんだよ、ホントに約束がー!」

 必死に机にしがみつく僕の腕を、座席ごと引きずっていく勢いで引っ張りまくる桃紙さん。今にも外れそうになるその肩を、

「おまたせ、瀬野せのくん。じゃ、行こっか」

誰かに優しく叩かれた。


「「え?」」


 僕と桃紙さん、二人前の疑問の視線を涼しい顔で受け止めて、

 

「約束………したでしょ?」


 内田ヒャド子はニコリともせずそう言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る