13話 もちろん全員演劇部員です


 

「はい。着いたよ、瀬野せの君! ここがうちらの部室でーす」

 

 そう言うと桃紙ももがみさんは扉の前で元気いっぱいに振り返った。


「いたたた! 回らないで、手錠が喰いこむ!」

「あ、痛かった? ごめんね、瀬野君。いや、レント君。えへへへ」

 なんだ、その百点満点の笑顔は。口角上げながら謝意を伝えるんじゃないよ。


桃紙さんに連れて来られたのは、理科室や視聴覚室などの特別教室が集められた特別棟四階の一番奥。つまり校舎の端の端だ。ちなみに特別棟に渡ろうと思うと一度二階に降りてから渡り廊下を通る必要があるのだけれど…………。


まぁ―――、見られること見られること。そりゃ、そうだ。校舎内で手錠かけられて連行されてるやつがいたら、僕だって動画撮るわ。さすがに恥ずかしいので手錠をブレザーで隠そうかとも思ったが、それはそれでいかにも本物っぽくなるのでやめておいた。


「つーか、あれだね。文化部の部室って部室棟にあるんじゃないんだね」

「うん。うちら同好会だからちゃんとした部室は貰えてないの。だからここ」

「第二音楽室か……」

扉の上に掲示されたネームプレートを読み上げた。

 部活の盛んな伊吹高校には、吹奏楽部が所有する第一音楽室の隣に、合唱部が使用する第二音楽室が併設されている。しかし近年、より設備の充実した練習施設を収容する部室棟が建てられたため、両部ともそちらに拠点を移し、第二音楽室は授業でも部活でも利用されない正真正銘の空き教室になっていた……………って、聞いていたけども。


「ラッキーよねー。部室棟が建てられたのが五年前で、演劇研究会が出来たのが去年だから。後五年ずれてたらうちら部室ないところだったよー」

 五年ってなかなかの期間だけどな、などと思いつつネームプレートから視線をずらす。プラスチック製のプレートの横にはセロハンテープで張り付けられたルーズリーフの切れっぱし。そこにマジックペンでデカデカと、


『サンデーゴリラ』


 そう書きつけられていた。

「……何、あれ?」

「ん? うちらの名前だよ。学生劇団サンデーゴリラ! かっこいいっしょ?」

「どういう意味なの? 日曜のゴリラ……?」

「さあ? ゴリラ味のアイスってことじゃない?」

「え、そっち? ヨーグルトサンデーとかの方?」

 なおさら意味不明だわ。やはり、白塗り集団の考えることはわからない。

 ………白塗り集団か。

 横隔膜が煮立ったように胸の奥がざわついた。ついにここまで来てしまったか。新歓フェス以来、決して関わりを持つまいと心に決めたはずなのに。悪夢に導かれるようにして、とうとう本丸まで踏み込むことになってしまった。

 ふと、白塗りをして舞台に立っている自分の姿が頭に浮かんだ。


 だめだだめだだめだ! 流されるな、僕。気を確かに持て! ここにはあくまで手錠を外しに来ただけだ。僕は演劇にも、ましてや白塗りなんかにも何の興味もない。この忌々しい手錠が外れれば、即Uターンだ。その足で将棋部に駆け込んで入部届を提出して、二度とこの部屋には近づかない。桃紙さんの暴走に付き合うのもこれが最後だ。


「おはよーございまーす。桃紙でーす。瀬野蓮冬せのれんと君連れてきましたー! 入りますよー」

 怨嗟にも似た視線にこめかみを炙られているとも知らず、陽気なリズムで引き戸の扉を叩く桃紙さん。

「レント君」

 こちらを振り返ると、ついさっきの決意が粉砕するような極上の笑顔を弾けさせ、

「ようこそ、サンデーゴリラへ♪」

 強く、大きく扉を開いた。


「「「いらっしゃ―――――――い!」」」


 次の瞬間、まるでびっくり箱を開いたかのように一斉に飛び出してくるサンデーゴリラの部員達。おおおお、出てくる出てくる!

「よー来たなー、自分! 待っとってんで、ほら入り入り!」

 関西弁に黒パーカーのいかにもすばしっこそうな小柄の女子生徒が、

「歓迎するわよ、一年くん。よろしくね~。ほらほらさっさと入りなさ~い」

 女子生徒と見紛うほどの美形男子が、

「ったく手間取らせて、生意気な一年坊主ね。おら、入れてやるから入んなさいよ!」

 禍々しいオーラを発散させるロングヘアの女子生徒が、何かどっかで見たことある顔ばっかりが次々と部屋から飛び出してくる。やっぱりそうか。いや、わかってたよ。薄々そうじゃないかとは思っていたけど。それでもやっぱり言わせてくれよ。

 僕は満塁ホームランの打者を迎えるチームメイトのようにバシバシと体を叩いてくる部員達を順繰りに見回し、


「やっぱりあんたら演劇部の回しもんだったのか―――――!」


 渾身の絶叫を廊下に響かせた。

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