28話 本番はもっと最高!


「おらああああ、朝から死んだような目ェして歩いてんじゃねえぞ、一年ども――!」


 おりんさんがメガホン型のハンドマイクでがなり立てた。

 本番が始まった。


「一度しかない青春の一日をそんな目で始めるなー! どーせ、社会に出たら嫌って言うほど死んだ目で通勤することになんのよ! 学生時代くらい燃えた目をしてみろや、この腐れ童貞処女社畜ニート予備軍どもがああああああああ!」

 む、無茶苦茶言ってるなあ、お鈴さん。しかし、注目を集めるということでいえば効果は抜群。これだけ悪口を並べたらどれかには引っかかるようで、次々と新入生が足を止める。


「わたし達と好き勝手やってみない?」

 そんな一年生達を睨み据えて決めのセリフを言い切ると、お鈴さんはバサッとベールを脱ぎ捨てた。中から現れたのはズタボロの白衣を纏ったやたら血色の悪いナースの姿、とどめに頭から血のりをかぶって不気味なゾンビメークが完成する。

それを合図に曲がダンスナンバーに切り替わり、


「いえーい!」、「ふー!」


 鶏の着ぐるみを着たちゃーさんと、コールガールのミシェルさんがベールを脱いで前に飛び出した。三人同時に踊り出す、ゾンビナースと娼婦と鶏。これらの衣装全て過去の一つの公演の使い回しだと言っていたけれど、一体どんな劇を上演したんだろう。

「サンデーゴリラ、いっくぜー」

「やー!」

 先発の三人のシャウトに合わせてゴスロリの桃紙ももがみさんも列に加わり、見物人から歓声が上がった。すでに人だかりができ始めている。


 おお、やばいやばい。予想以上に盛り上がってるし。次に羽織はおりが行ったら、最後に僕の順番だ。やべー、膝が。膝の震えがもう震度七を超えている。

れんちゃん!」

 なんてビビッていたら、羽織に思い切り背中を叩かれた。

「初舞台だね、蓮ちゃん」

「え、初舞台って……」

 舞台の内に入るのか、これ? ステージも客席もないただの道端なのに。

「立派な初舞台だよ。ステージが組んでなくても、照明が吊ってなくても、役者が本気で立てばそこが舞台なんだから」

前で踊る四人を眺めながら羽織が言う。

「そんなもんなのか……」


「まさか蓮ちゃんと共演できる日が来るなんてね、不思議な気分」

 羽織がまた一歩距離を詰めた。二人のベールの端が重なる。そして、羽織は誰にも気付かれないよう、そっとそっと布の上から僕の手を握り、

「初舞台おめでとう、蓮ちゃん。思いっ切り楽しんでね」

 ハートマークが見えるようなウィンクを飛ばして見せた。

身内にあまりこういうことは言いたくないのだけれど、今ほど可愛い羽織は見たことがない。これが、役者の顔なんだろうか。


「そうだ。最後に一つお願い、蓮ちゃん。あたしのこと……………………引かないでね」

「え、引くって……」

 問い返すより早く羽織はベールを脱ぎ捨てた。その瞬間、


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 人の輪の中から本日最大級の歓声が立ち上った。

 ベールの下から現れたのは、天使をイメージしたふりふりの純白ドレス。弾ける笑顔が、ミニスカートから見え隠れする太ももが、そして胸部で荒れ狂うボリュームが男子生徒の視線を捉えて離さない。


「ウ―――ニちゃ――――ん!」


 声援まで貰ってるし! すげーな、あいつ。まるで本物のアイドルじゃないか。まさか、いつか二宮言っていた天使みたいに可愛い部員って、羽織のことなのか? 手拍子はさらに高まり、熱狂を煽って人を呼ぶ。そして、人がまた熱を起こす。

 ちなみにこの時点で僕もベールを脱いで踊りに参加しているのだけれど、誰もそんなの見ちゃいない。

 なるほど、確かにミシェルさんの言った通りだ。みんなの視界が捉えているのは素人の僕なんかじゃなく、


「飛べ飛べー、もっと飛べー!」

 誰よりも存在感を放って客を煽るお鈴さんであり、


「うおー! ここでウチのアドリブソロ行くでー!」

 誰よりもキレッキレな踊りを披露するちゃーさんであり、


「あー、ずるいです、ちゃーさん!」、「なら、アタシもいくわよ!」

 誰よりもセクシーなミシェルさんと、誰よりも前に出ようとする桃紙さん。そして何より、


「ウニ姫様ぁぁぁぁ―――――――!」

 すでにニックネームまで頂戴している羽織の姿だ。


 僕は僕で豪快にフリを飛ばしたり、フォーメーションを間違えたり、かなり色々やらかしているけれど、誰一人気づく様子がない。

 あれ………なんだろう、この気持ち。

始まるまでは誰にも見られたくないと思っていたはずなのに。中止になればいいとすら思っていたはずなのに。いざ、こうやって本当に誰にも注目されないまま舞台上で蠢いていると、悲しいというか虚しいというか…………あの必死の練習はなんだったんだ。このまま誰の目に留まることなく、背景として僕の初舞台は終わってしまうのか。


……いや、違う。

誰か見てるぞ。視線を感じる。一体、誰だ。

忘我する観客の一番奥の一番端。熱狂とは程遠い氷のような視線で一心不乱に僕を見つめているのは、少し小柄な痩せ型のボブカット。群衆に交じっても一目でそれとわかる異様な美貌。

なんだよ、いつも能面かと思ったら意外に感情豊かなパターンも持ってるんじゃないか。先生に怒鳴られてもケロリとしていたくせに、初めて見るよ、お前のそんな…………苦々しげな表情は。

まるで、動く汚物でも見るかのようじゃん。

そんな内田ヒャド子のある意味レア顔に気を取られていたら、

「どけ、あほぉっ!」

 またしてもフォーメーション移動を間違えて、ちゃーさん飛び蹴りが飛んできた。


もっとも、幸か不幸か僕が石畳に転がっても、やっぱり観客は誰一人にそれに気付かず最後まで盛り上がり続けていたのだけれど………。

 こうして、サンデーゴリラのゲリラライブは大盛況のうちに幕を閉じるのだった。



 もちろん、その後、教室に戻っても、話題はサンデーゴリラで持ちきりだ。

「おい、見たか。あのライブ!」

「可愛かったよなー、宇仁島うにしま先輩!」

「ばいんばいんのぼいんぼいんだったなー」

 そこかしこから、可愛いだの綺麗だのぼいんぼいんだのとサンデーゴリラを、いや、羽織を称賛する声が鳴り止まず、

「あのライブ、放課後もやるそうだよ。一緒に見に行こうよ、瀬野君」

「ああ、うん。悪いな、高村。僕、無理なんだよ………見るのは」

 顔を上気させるクラスメートの誘いを断るのに苦労した。


 わかってはいたけれど、内田を除いて誰一人僕がライブに出ていることに気付いている人間はいなかった。 


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