37話 朝練とかいる?
翌日。
「うーまーいー! おいおい、なんなんだ。今日の朝飯はべらぼうにうまいじゃないか、いったい誰が作ったんだよ?」
コーヒーの香り漂う朝の食卓で、僕はトーストを咀嚼するのももどかしくそう言った。
「ほんとに? やったー! はいはいはーい! 今日のご飯もぜーんぶ栗が作ったよー」
向かいの席で元気よく手を挙げまくる栗。
「おお、そうか、栗の自家製パンか。どうりでうまいと思ったよ。手作りバターの風味と、手作りジャムの甘みが相まって、もう最高だぞ」
「えへへへ、全部買ってきたやつだけど、おいしいなら何よりだよ」
照れ臭そうに頭を掻きながら、もう一つの朝日のように微笑む
ああ、やっぱりいいなあ。可愛い妹の顔を見ながらわいわいとつつく朝食。これ以上の幸福がこの世にあるだろうか。このところ毎日サンデーゴリラの早朝ライブがあったせいで一緒にご飯が食べられなかったから、今日の朝食は格別だ。
「何よ、兄貴。朝からニヤニヤして気持ち悪い」
―――ブブブブブブブ……ガッ、しゅっ、ぼふっ!
食卓の上で震えだしたスマートフォンが邪魔をしそうだったので、光の速さでひっつかんで鞄の中に放り込んだ。
「え……なに、兄貴。出なくていいの? 今の電――」
「アラームだよ、美愛。おお、うまい! この手作りソーセージも最高だぞ、栗!」
戸惑う様子の美愛に光り輝く笑顔を返し、僕はお皿の上に山と盛られたソーセージを頬張った。
「うれしー。ソーセージも手作りじゃないけど、お皿はあたしの手焼きだからねー」
「こっちが手作りだったのか。さすが栗、一本取られたよー、あはははははは!」
「もー、朝からテンション、鬱陶しー!」
美愛に怒鳴られながら、僕は高らかに笑い続けた。通学カバンの中で猛り狂っているであろう、スマートフォンの着信を掻き消すかのように。
※
いや、違うだろ。サボってはいないだろう。
だって、僕仮入部だもん。仮入部生は朝練免除が基本だもん。なんなら放課後練習だって義務ではないもん。
そう自分に言い聞かせ、のそのそと玄関を出る。そんな必要はないと知りつつ、なんとなく
一度、サンデーゴリラから距離を取ってみよう。
それが、昨日一晩考えて出した僕の結論だった。流されるまま勢いで足を踏み入れてしまった演劇界。いったん足を止めて冷静に見つめ直してみよう。本当にこの部活が僕に合っているのか、本当にここが僕のいるべき場所なのか。
幸い、今の僕はサボるという概念が成立しない仮入部の身分だ。客観的に己と環境を見極めるにはもってこいの立場だろう。いや、むしろこれは仮入部の今にしかできない作業と言っていい。てゆーか、仮入部期間って本来そういうことをするための期間だろ。そうだよ、これが仮入部生の正しい活動なんだよ。
つまりまあ、何が言いたいのかといいますと、僕は決してサボっていないということです。厳然たる事実を再度確認し、僕は恐る恐るスマートフォンの着信画面を開いてみた。
着信:桃紙さん(64件)
「……おうふっ」
喉の奥から軽い吐き気が湧き上がってきた。
……ひくわー。
桃紙さんの焦りと怒りがリアルに見て取れる。しかし、そんなメモリーパックを破裂させる勢いの電話攻勢より恐ろしいのが、
おはよう、蓮ちゃん。今日どうしたの? もしかして体調悪いのかな? もしそうなら無理しないで。元気になったら連絡ちょうだい。
ずっと待ってるから。ずっと待ってるから。
おねーちゃんからのたった一通のメール。
なんだよ、『ずっと待ってる』って。こえーよ、何でわざわざ二度繰り返す。
これって、謝った方がいいのかな…………いや、大丈夫だ。ビビるな。僕は何もやましいことはしてないのだから。絶対サボってなどいないのだから!
僕は心の中でそう叫び、
「よーっす、蓮冬! 今日、サンデーゴリラはサボりなん?」
「サボってないって言ってるだろ!」
待ち合わせ場所で待っていた二宮にもそう叫んだ。
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