第6話 王子様と指切りの儀式をしました。

「あらあら〜?」

「いや、私は弟が心配であって、ロッセをどうこう……」

「ふうーん」

貴女あなたは、もう少し自分の立場をわきまえた方が良いと思いますよ」


 私達は、先ほど座っていたテーブルに戻った。また二人きりになる。

 先ほど話していたときと違い、彼の顔から余裕が消えていた。一方、私はヴァレリオ殿下という味方ができたことに気が楽になった。そこで、聞くのをためらっていた質問をしてみることにした。


「で、私が元魔王だったとして、私をどうするつもり?」


 もしかして、私を脅迫してお金を……? いやいや、この王国は豊かだと有名だし王族がお金の無心をするとは考えにくい。

 まっまさか……私の……この体が目的? 前世はともかく、今世ではかなり恵まれた容姿だ。前世の私の部下だったドスケベドラゴンだったら絶対そういう目で見てきただろう。

 とはいえレナートのよう王族が脅迫してまで私の体なんて……無いな。


「いえいえ、そう警戒しなくても大丈夫。旧知の仲ではありませんか。それに、今の貴女の生き方は、とてもこの世界を大切にされているように見受けられる」

「それは……そうね」

「私もこの世界を守りたい。だったら、共闘しませんか?」

「共闘……一緒に戦おうと?」

「はい。はやりの病を始め、うさんくさい空気が王国全体に漂っています。昨日お話した、魔王の話も事実なのです。つまりロッセ以外に、私が関知できない魔王がこの世界にいることを示唆しています」

「本物の……魔王が……」

「もし王国を狙う敵が現れたら、私と共に戦ってくださると助かります。元魔王と元勇者が力を合わせれば、無敵だと思うのです」


 彼の眼差しは、私を突き刺すほどに、とても真剣なものだった。

 確かにこの世界は守りたい。今の生活に満足しているし、処刑などのバッドエンドを回避できれば平穏な一生を過ごせるだろう。

 しかし……。


「話は分かったわ。だけど、今の私は前世ほどの魔力がなくて、高度な魔法は使えないの」

「大丈夫。ロッセは十四歳ですよね? 来年から魔法学園に入学して、魔法の勉強をすると良いでしょう。歳を重ねると魔力も増すというし、少ない魔力を効率的に扱う方法を体得するには最適の場です」

「魔法学園!」


 処刑などバッドエンドを避けるために行きたくなかったのだけど、この状況だと今来ている波に乗るべきだろう。

 前世では縁の無かった学園生活。乙女ゲームの舞台で散々夢見た世界。集うカッコいい男子や、可愛い女子とイベントをこなしキャッキャうふふ……。


「あの、ロッセ? 話聞いてます?」

「はっ。ご、ごめんなさい。魔法学園ね」

「学園のことはともかく……ともかく。共闘は、貴女にとっても悪い話ではないと思います。どうですか?」


 学園生活というワードにすっかり心を奪われてしまったのでスルーしていた。

 とても魅力的な提案ではあるのだけど……。


「一つ、条件があるわ。私が処刑されそうになったら、守ってもらえないかしら?」

「もちろん。ロッセが元魔王ということも秘密だし、私が元勇者であることも黙っておいてもらいたい」


 よかった。一旦は処刑は回避できたかな? とはいえ、彼以外の人にバレると厳しいのは変わりないけど……。ひとまず安心だ。

 お互いの秘密。まあ、彼が元勇者であるとバレたところで、勇者って認識できるのかさえ不明ではあるけど、どちらにしても大きな問題にはならないような気がする。

 一方私は、魔王だといういう疑いを避ける必要がある。

 そういう意味では、分が悪い。反故にされないためにも……。


「うん、分かったわ。二人の秘密ね」


 そう言って私は、小指を差し向けた。


「これは?」


 乙女ゲームじゃないけど、こうやって約束の儀式を行うことで、重みを持たせているキャラクターがいた。日本という国では親密になった男女でやる事があるらしい。人と接したときに、是非やりたかったことの一つだ。


「お互いの小指を絡ませて、約束するの。ゆびきりげんまんっていう儀式なのよ」

「な、何ですかそれは……? 前世でもこの世界でも聞いたことがありませんが……」

「大丈夫、痛くないし」

「貴女はいったい、何を言っているんですか……?」


 私は、立ち上がり、ぐずぐずしている彼の腕を掴み、指を絡ませた。


「ゆびきりげんまん、嘘ついちゃダメよ……嘘ついたらはりせんぼん飲〜ますっ。指きったっ♪」


 うーん、やってみると意外とあっけない。でも、彼の温かい指の温もりを感じることは、悪い感触ではなかった。人と触れるというのは、とてもとても、ほっとする。

 切った、と言うタイミングで指を離すのだけど、彼の指が逃がしてくれなかった。


「……ロッセは不思議な人ですね」

「……はい?」

「私は……この世界に来て、勇者だった前世を思い出したとき最初は混乱していたのですが……君を見つけたとき、とても救われた気持ちになりました。元々はお互いに敵だったわけだから、おかしな感情だと思うのですが……一人じゃなかったと思えて、とても安心しました」

「はぁ……私は、処刑されると思ってどうしようって焦っていたんだけど……」

「それは済まなかった……しかし、こうしていると、気持ちが和らぐといいますか……」


 儀式も終わったし、それとなく指を離そうする。しかし「ガキィ」って音がするくらい、がっしりと絡まり離してくれない。何を考えてるんだろうと顔を見ようとするが、レナートは少しうつむいていて、表情が見えなかった。

 動けない……。私は、いったいどうしたら?


「あっ……」


 かすかな声がする方向を見ると、マヤの姿が見えた。そういえば、そろそろ夕方。日が暮れてきている。

 きっと、帰る時間になったことを伝えに来たのだろう。


 彼女に向けて「助けて」と視線を送る。しかし、私達の指を絡める姿を二度見した後、彼女はにっこりとした。そして、拳を顔の前で握りしめウインクすると、音も立てずに立ち去ってしまった。

 マヤ……君はなんて薄情なんだ……。


「……そろそろ指を離してくれないかしら?」

「あっ。すまない……」


 仕方なく告げると、ようやく、私の小指が彼の拘束から解放された。指に、彼の指の温もりが残っている。


「これ……いいな」


 レナートがぼそっとつぶやいた。


「えっ?」

「なっ…………いっ、いや、忘れてくれ……」


 レナートは顔を真っ赤にしていて、目を合わせてくれない。

 そうか、離してくれなかったのは……結構可愛いところもあるものね。ニヤニヤしながら彼の顔を見ていると、彼の従者とマヤがやってきた。



 帰り際、今度は私がレナートの耳元で囁く。昨日やられたことの仕返しだ。


「レナート、あなたが、あんなに甘えん坊さんだとは思わなかったわ」

「……その話は、できれば秘密に……」


 レナートはそう言って、小指を差し出してきた。

 その顔を、真っ赤に染めて。



「お嬢様! やりましたね!」

「えっ何が?」


 帰りの馬車の中。興奮気味に、マヤが話しかけてくる。


「ヴァレリオ殿下との縁談の話が進んでいますが、レナート殿下とも良い仲になれそうです」

「それって……いいことなの?」

「そりゃあもちろん! 縁談の相手は変わることはないでしょうが、王家の方々と親しくなることは決して悪いことではありません」


 うーむ。王子達とは、あまり親しくすべきではないと思っていたのだけど、結果としてかなりお近づきになってしまったように思う。

 いいのか、これで?


「あっ。お嬢様、失礼しました。つい、はしゃいでしまって……」


 マヤが喜ぶ姿は可愛らしく、私も楽しくなる。


「ううん、マヤはそのままで、遠慮なんかしなくていいよ」

「お嬢様……はい!」


 彼女は花が咲くように笑ってくれた。マヤは可愛いな……。


「あっ。それとお嬢様、来週のご予定ですが、ヴァレリオ殿下が、館の方へいらっしゃるとのことでした」


 ですよねー……。また話の続きをするようなことを言っていたっけ。

 

 でもまあ、レナートをぎゃふんと言わせる策を練るのは、なかなか楽しそうだ。

 ベア吉と相談して決めたことはすっかり忘れ、私は打倒レナートの話ができる日が来るのが待ち遠しくなっていた。

 それが、あんな大事件に繋がるとは思いもよらずに。

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