第3話 両親から婚約の話を聞きました。



 婚約の話が私に秘密で進んでいたとは……。

 これは要注意だ。

 そう気を引き締めていると、お母様が興味津々といった様子で聞いてくる。


「それで、レナート殿下は何の御用だったの?」

「明日、お城に来て欲しいって」

「まぁ!」

「なんと! 殿下直々にヴァレリオ殿下を紹介していただけるのかもしれないぞ? とはいえ、ロッセーラには早いような」


 父上は、腕を組んで考え始めた。

 過保護というか心配性というか。

 ちゃんと縁談を進めるつもりがあるのだろうか?

 母上は、対照的に顔をキラキラと輝かせている。

 

「何言っているのあなた。ロッセーラは婚約してもおかしくない歳でしょう? もし決まったりしたら——」

「いや、そうかもしれないが。お前、ロッセーラがいなくなることを考えたことあるかい?」

「そりゃあ、嫁いでしまうと寂しいでしょうけど……でも幸せのため、色々と前向きに進めないと」


 二人は口論と言うほどでも無いけど、真剣に言い合いを始めた。

 どう見ても、お父様の方が押されているけど……もっとしっかりして欲しいと思う。


「ロッセーラ、明日は私も付いていこうか?」

「一人で大丈夫です」

「しかし……」

「メイド長にも付いてきてもらいますし、問題ありませんから」

「だって……」

「お父様!」


 私は、どん、とテーブルに手をついた。

 お父様は、その音に驚いたのか背筋がまっすぐに伸びた。

 伸びきっていた。


「私は、一人の自立した者として、彼と話をしたいのです」

「……そ、そうか。そうだな」


 ややこしいことにならないためにも、きっぱり断った。

 お父様は、納得してない感じがする。


「ちなみに、縁談を進めるのにお金を使ったりしてるの? 接待とか」

「…………ああ。そうだが、お前が気にすることじゃないよ」


 まさかと思ったけど。

 そんなにお金を……。


「使っているのですね……」

「まあ、そうでしたの? でも必要なことなら別に構わないのではなくて?」


 お母様はお金のことにあまり興味がなさそうだ。

 もしかして婚約にお金を使いすぎて没落したのでは?


 どん! 私は再び勢いよくテーブルに手をついた。

 再び音につられてお父様の背筋がピンと伸びる。


「今後は一切、お金をかけるようなことはしないで下さい。無駄です!」


 どんなにお金を使ったところで、攻略ルートによっては婚約なんて容易く破棄されてしまう。

 その上、命も奪われる。

 だったら、他のもっと有意義なことにお金を使うべきだ。


「無駄ってロッセーラ。なぜそう言える?」

「えーっと……」


 自分の目が泳いでいるのが分かる。

 乙女ゲームで婚約が破棄されるとか、ロッセーラが必死になるのは没落したせいかもしれないとか言えないし……。


「勘です! とにかく、無駄遣い禁止にしてくださいね」


 煮え切らないお父様に、脳天気なお母様。


「か、勘? うーむ……きちんと話しておいた方が良さそうだな」

「え?」

「縁談の話は、実はうまく決まると思っていた。特に小細工などせずとも、ロッセーラと王子殿下が会えばトントンと進むと思っていたのだが、少し状況が違ってきてな」

「……状況?」

「最近、ある伯爵家の令嬢が、名乗りを上げて王子に近づいているそうだ」


 それなら、それで、私の代わりに婚約してくれるのなら……破滅から遠ざかるかもしれない。


「だったら、その方に譲って……」

「そうはいかん。公爵家としての面目が立たんし、いくら聖女候補と言え、ロッセーラは絶対に引けを取らん」


 聖女って何だ? 乙女ゲームにはそんな存在はなかったはず。

 それに、お父様には意地になっているようにも見えた。


「お父様、もしかしてその方々から、何か言われたのですか?」

「…………なぜ分かった?」

「やっぱり。それで、どう言われたのですか?」


 そう聞くと、お父様は口ごもってしまった。

 どうしても気になるので、私は大丈夫、話して欲しいとお願いする。


「実はな、その令嬢が影でロッセーラのことを、『魔法の才能もない能なし女』などと言っていたらしいのだ。『聖女となる私がいずれこき使ってやる』などとも……。もちろん、そんなことはないぞ。お前はとても美しいし、頭も……多少は……」


 私に対して、一番の侮辱的な言葉。


 ほう。


 魔法の才能が無いと。

 魔力はともかく、元魔王である私の魔法知識や経験は、誰にも負ける気がしない。


 勘違いした伯爵令嬢の顔を見てみたいものだ。まったく。

 魔王である私に対していい度胸だ。


「私は……そんな女に負けるつもりはありません!」


 私は立ち上がり、声の限り叫んだ。

 またしても……またしても変なことを口走ってしまった……。


「おお……そうか。分かった。じゃあ、これまで通り進めるぞ。それにしても……いつのまにロッセーラは大人になったのかな」

「そうね、いつのまに」


 頷く父上と母上。

 涙ぐみ、抱き合っている。

 いつの間にか、さっきの発言は取り消します、などと言える雰囲気ではなくなっていたのだった……。



「あぁ、やっちゃったよぉ」


 私は自室に戻り寝る準備をしてベッドに飛び込んだ。

 足をバタバタさせるものの、「まあしょうがないか」と一瞬で気分を切り換えた。


 そんなことより問題は明日だ。


 レナート殿下の誘いに乗って、お城に向かう。

 私はベア吉と決めた方針を改めて胸に刻んだのだった。


 できるだけ、ちゃっちゃっと話を切り上げて、帰ることにしよう。

 でももし、例の伯爵令嬢に会うことがあれば……それはそれで楽しみかも。


「じゃあね、おやすみ、ベア吉」


 彼は返事をしなかった。

 私は、少し寂しいと思いながらもベッドに横になると、あっという間に暗い闇の底に落ちていった。

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