第4話 王子様に誘われてお城にやってきました。

 ——前世。私は寂しく暗い森の奥にある古びた館に一人で住んでいた。


 世の中には、私みたいな者にも興味を持つ変な奴がいて、いつの間にか部下になっていた。魔力の強い悪魔に、同衾を迫ってくる淫魔に、口の悪いダークエルフに、年寄りの竜。揃いも揃って人外である。

 彼らが配下になってから、私は魔王などと呼ばれるようになってしまった。


 月日が流れ、勇者とその仲間が戦いを挑んできた。

 勇者とはいずれ、仲良くなれそうだと思っていたのに、最後に裏切りやがって——。



「ロッセーラお嬢様。間もなくお城です。あの、お体は平気ですか?」


 軽快に走る馬車の中で考えにふけっていると、付き添いで来てくれたメイド長のマヤが声をかけてくれた。

 彼女は心から私のことを心配してくれているようだ。昨日から、その心配の度合いが極端に上がっている。

 ドアに貼り紙をしたり、独り言が多くなっている事が気になるようだ。


「ええ、大丈夫よ。いつも通り」

「そ、そうですか……」

「いつもありがとうね、マヤ」

「お、お嬢様……? あの……?」


 そう答え、笑顔を向けると……彼女は目を見開いた後、下を向いてうつむいた。

 具合が悪いのかな? マヤの体の方が心配だ。




 やがて真っ白な青い屋根があるお城が見えてきた。天に向かってそびえる姿は白い鳥が羽ばたいているようにも見えた。

 馬車の窓に映る景色の移ろいが、次第にゆっくりになっていく。

 いざ、決戦の地へ——私は顔を上げ、ぎゅっと胸の前で拳を握った。


 王城に着くと、すぐに庭園に通された。

 低い木々が植栽された刈り込みや、噴水や広場が見える。そのどれもが、端正な姿をしており、手間をかけて整備されていることを感じさせてくれる。

 私はレナート殿下に案内され、庭園の片隅に用意されていた、お茶会用のテーブルに座らされた。


 そして、レナートと二人きりになる。

 マヤはちらりとこちらを見て何かを言っていたけど、結局従者に案内され姿を消してしまったのだ。


 レナート殿下はにっこりとしているが、私の表情や体は硬く強ばっている。

 乙女ゲーム内の彼は、なかなか本心を見せなくて最初は何を考えているのか分からない行動をよくとっていた。


「ロッセーラ様。今日のお姿は、大変可愛らしいですね……もしよかったら、ロッセとお呼びしてもよいでしょうか?」


 げっ。愛称呼びなんて想定外だ。彼とは疎遠にしなくてはいけないのに。

 とはいえ、断るのも機嫌を損ねそうだし、とりあえずヨシとしておくしかない。


「レナート殿下、ありがとうございます。はい、大丈夫です」

「では、私のこともレナートと呼んでくだされば」

「喜んで」


 口ではそう言うが、本心はちっとも喜べない。完全に彼のペースに乗せられているような気がする。

 すぐに訪れる沈黙。私は緊張にひきつった顔を緩ませることができなかった。

 疎遠にしなきゃ疎遠にしなきゃ疎遠にしなきゃ……。


「何を緊張しているのですか?」

「い、いえ、王子様の前ですし……」

「ひきこもりの魔王というのは、そんなに繊細なものでしたっけ?」


 こ、こいつ……。前世の私なら問答無用で火の玉ファイアボールの魔法を放っているところだろう。しかし、今はそれもできぬ身。我慢、我慢だ。口元が痙攣してぴくぴくするのを押さえられない。


「……あのですね……。どうして私が、元魔王だと?」


 手遅れかも知れないが、とぼけておく。

 レナートは表情を変えず、口角を上げたまま私を見つめて言った。


「それはですね、分かるのですよ……勘ではなく、事実として」

「事実として?」

「……この世界には、魔王という存在はあっても、勇者という存在は無い。誰も認識しないし誰もその言葉を口にしない。それは、とても素晴らしいことです」

「勇者ですか?」


 ん? 彼はいったい何の話をしているのだろう?

 彼の瞳が、ゆらゆらと揺れていた。

 ここで私はハッとする。気付いたのだ。彼の言葉に、致命的な矛盾があると。

 私だからこそ、すぐには気づかなかったこと。この世界に生きる者なら、彼の言葉の矛盾にすぐ気付いていたことだろう。


「この世界に存在がないはずの、【勇者】を、どうして殿下は認識しているのですか?」

「ふふっ。あなたは、頭の回転も速い。とても素晴らしいことですね」

「誤魔化そうったって……」


 彼はとても嬉しそうな、懐かしそうな眼差しで私を見た。間違い無い、この瞳に見覚えがある。


、だったかな?」

「な、なぜそれを?」

「まだ分かりませんか? 私、第二王子レナートの前世は、貴女あなたに何度も戦いを挑んだ、元【勇者】なのです」


 ぬぁ、ぬぁんですってーー!

 私を何度も倒しに来た勇者。口角を上げて微笑む姿は、確かに見覚えがある。


「前世の私を殺した……勇者?」

「いえ、それは違いますよ。確かに貴女達と戦っていましたが、最後は閃光に飲み込まれて、私は命を落としてしまいました。貴女に殺されたのだと思っていたのですが?」

「そんなこと、信じられるとでも……? どこに隠れても、追いかけてきたくせに」


 私は立ち上がって、身構えた。胸の前で両手のひらを握りしめるだけだったのだけど。


「勇者の力の一つに、国家が魔王と定めた者の居場所を察知する能力があります。その力で、魔王の位置を知ることができました。その力は今でも健在で、貴女が元魔王であることを知ることができました」


 よりにもよって王家側の人間に勇者がいるとは厄介だ。彼が私のことを報告すれば、即処刑コースなのでは? しかも、場所を察知することができる?

 ぐぬぬぬぬ。


「お前がロッセーラか? どうしたのだ? 兄さん、彼女に何をしている?」


 毛を逆立てる猫のようにうなっていると、突然横から声をかけられた。

 そこにはレナートとに雰囲気は似ているものの、髪の毛の色が違う男の子が立っている。彼は、レナートに鋭い視線を送っていた。


「えっーと……?」

「紹介します。彼は私の弟、ヴァレリオです」


 私には、彼が後光を放つ救世主に見えた。乙女ゲームでの攻略対象の一人、第三王子ヴァレリオ殿下その人だった。

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