【完結】魔王だった私が悪役令嬢に転生したのはいいけど、なぜか元勇者もいて正体を見破られたようです。 〜 私を処刑しようとはいい度胸だ 〜

第５話 王子様たちが兄弟げんかを始めました。

「ヴァレリオ殿下、はじめまして。ロッセーラと申します」

　いつも通りスカートの裾をつまんで挨拶をした。

　聞いていたとおり、彼も美男子だ。私を魔王認定するそこの王子より、よっぽど親近感を覚える。ヴァレリオ殿下、つまり私との縁談が進んでいるという相手だ。

「ああ、ヴァレリオだ。よろしく」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

　目が合ったので微笑んでみる。すると、彼は顔を紅く染めて目を逸らした。

　あれ？　何か違和感がある。乙女ゲーム内での印象と違うような？

「で、兄さん。これはどういうことだ？　彼女は俺と縁談の話が進んでいるはずだ。何をしているんだ？　ロッセーラは怖がっているようだけど？」

　ヴァレリオ殿下が私の手を引き、レナートから隠すように私の前に立った。まるで俺のものだ、と言わんばかりに。

「別に縁談を横取りしようってわけではありません。彼女に話があるのでね……それに貴方は興味がないと言っていませんでしたか？」

「気が変わった。それに、一声俺にかけてくれても良かっただろ？」

「そうですね……失礼しました」

「じゃあ、今から彼女を自宅まで送っても構わないな？」

　なんだか二人の間にバチバチと稲妻が走るような幻が見えた。

　言葉は激しいものではないけど両者とも声が低く、不穏な空気を漂わせていた。

「いえ、まだ話の続きがあります。邪魔しないでください」

「なあ……兄さん。前から、ずっとずっと、そういう態度が気にくわなかったんだ。せっかくだ、剣で決着を付けないか？」

「後ではいけませんか？」

「今すぐだ」

　レナートは、わざとらしく溜息をついた。

「仕方ありませんね。稽古ということであれば構いません。しかし、私に勝ったことがありましたか？」

「兄さんと違って俺は毎日、剣の練習をしている。今日は勝てるさ」

　うーん、あまり良くない事が起きそうな気がする……。乙女ゲーム内でも二人が主人公を奪い合い争うシーンがあった。それが、今起きている？

　止めなくては。

「ヴァレリオ殿下、ありがとうございます。私は平気ですので……」

「いや、俺のプライドの問題だ。君は渡さない」

　彼がが目で合図すると、従者が現れて木刀を彼らに渡す。

　私が止める声も虚しく、二人は庭の少し開けた場所に移動し、剣の稽古（ケンカ）を始めた。

　駄目だこの人達……全然私の話を聞いてくれないんですけど。

「少しは上達したようですね」

「すぐにその余裕を砕いてやる」

　レナートが剣を振る姿は見覚えがあった。前世で見た戦い方そのままだ。彼が勇者であることを改めて認識する。

　対するヴァレリオ殿下はとてもしなやかで、無駄のない所作で剣を振るっている。王族が好んで使う剣術なのだろう。

　しかし、二人の実力差は明らかだった。

　勇者の名は伊達ではない。レナートはヴァレリオ殿下の攻撃を余裕で躱（かわ）していた。勇者としての身のこなしは健在だ。

　前世で私達と戦っていたときも、今と同じ余裕の顔をしていた。だんだん彼の顔を見ているとムカムカしてくる。あの顔が、悔しさに歪む顔を見たい。

　魔法でヴァレリオ殿下を応援したい……けど我慢しなくては……。

　二人の戦いに、胸がドキドキしてくる。

　乙女ゲームの中でも、こうやって二人がケンカしたとき、勝ったのは——。

「やはりその程度ですか」

「【加速（ヘイスト）！】」

　彼は魔術師系変成魔法を使えるようだ。

　その瞬間、ヴァレリオ殿下は残像が見えそうなくらいの速度で斬りかかり、レナートの懐に踏み込みこんだ。

　コオォォォン！

　木刀がぶつかる音が耳に飛び込んできた。

　ヴァレリオ殿下の持っていた木刀が弾き飛ばされた。彼の魔法まで使った攻撃は、レナートに届かなかったのだ。

「チッ。残念……」

　私はつい、本音を呟いてしまった。

　レナートの地獄耳がそれを逃すはずも無く、鋭い視線を向けてくる。

「あ、い、いや……」

「ロッセ！　そこを離れろ！」

　レナートが叫び、ヴァレリオ殿下は私に向かって走り出している。

「へっ？」

　空を見上げると、回転しながら私めがけて落ちてくる木剣が見えた。

　ああ、これはまずいな。とてもまずい……。

　ドサッ。

　強い衝撃を感じ意識を失いかけた。私のお腹にヴァレリオ殿下が体当たりをしてきたのだ。

「ぐぇっ」

　まるでカエルが踏まれた時のような声を上げて、私は押し倒された。

　ザクッという音と共に、さっきまで私が立っていたところに、剣が突き刺さった。

　あそこにいたら……頭にざっくり剣が刺さって血がぷしゃあーって出ていただろう。

　私は、ヴァレリオ殿下に抱かれるようにして倒れていた。

「うっくっ……」

　彼は私の頭が地面に付かないように腕枕するように私を抱いた体制のまま、泣いていた。どこか痛むのだろうか？

　半身を起こして見ると、ふとももの辺りのズボンか赤く染まっている。私にタックルして倒れたときに、傷ついてしまったのようだ。

　私を助けようとしてくれた気持ちが、とても嬉しい。

　泣くほど痛いのか……。私を救うために負った怪我なら、早く痛みから遠ざけてあげたい。

「【癒やし（ヒーリング）】」

　呪文を唱え、彼の足に手を触れる。怪我は、深くなさそうだった。おそらく傷は塞がっただろう。

「ヴァレリオ殿下。助けていただいてありがとうございます」

「いや……俺は……負けたんだ」

　確かにそうなのだろうけど、アイツは元勇者なわけで……勝つのは容易じゃないだろう。

　それでも、乙女ゲームの中では、彼はついにレナートに勝つのだ。

　今、彼の気持ちを折ってはいけない。

　努力を続ければ、いつか報われる。ヴァレリオ殿下の将来の頑張りを、私は知っている。

　だとしたら……。私は彼の手を取り熱を込めて言った。

「私は嬉しかったのです」

「何が……？」

「殿下が、私を渡さないと言ってくれたこと。庇うように私の前に立ってくれたこと。身を挺して助けてくれたこと」

「でも……俺は兄に勝てかった。これからも……」

「いいえ。将来きっと勝てます。私も協力します。レナートが吠え面（ほえづら）をかく姿を魔法学園で一緒に見ましょう」

「ほ、吠え面？」

　彼の声がうわずっていた。

　う……さすがに吠え面（ほえづら）という言葉のチョイスはまずいよな。

「あっ。いえ。あの……悔しさに吠える姿と言いますか…………」

「なぜ勝てると言える？　精一杯努力しても、まだまだ実力差は大きい」

　根拠は乙女ゲームで見た未来なのだが、そんなことを言っても信じてもらえないだろう。

　だったら、ゴリ押しだ。彼の手を強く握りしめる。

「私は、いつかきっと勝てると信じていています。疑う気持ちなどありません。それでは、いけませんか？」

「信じている……？」

「はい。私には、殿下の努力とその先の勝利が見えるのです」

　彼は、私の瞳をじっと見つめてきた。僅かに、無言の時が流れる。

「…………。ふふっ。そうか…………。君が信じてくれるのに、俺が自分自身を疑っていてはザマア無いな。不思議なもので、君にそう言われると、できるような気がしてくる」

　彼の端正な顔がふわっと綻んだ。歳に似合わず、妙に色っぽく感じる。こりゃモテるだろうなぁ。

　近いために、彼自身の体温を感じるし、かすかに香水の香りも漂ってきていた。その心地いい感覚に、少しうっとりとする。

　会った当初に感じていたピリピリとした空気はなりを潜め、温かく包まれるような感覚を覚えた。

「きっとできますよ！」

　私はダメ押しとばかりに、彼を奮い立たせようと応援の言葉を向ける。

　ああ、よかった。これなら、いつか……レナートがギャフンと言う姿も見られるかもしれない。私もついつい頬が緩む。

　しかし……。

「君も魔法を使えるんだな」

「えっ？　魔法？」

「さっき神官魔法で癒やしてくれたじゃないか。魔法学園行くんだろう？」

　あああああぁぁぁ。ぬぁんてことですの……やってしまった……。

　昨日ベア吉と決めたことをすっかり忘れていた。

「あ、はぁ……はいぃ」

「君と一緒にレナートの吠え面を見るのが楽しみだ」

　彼はいつのまにか、穏やかな顔つきになっていた。

　満面の笑みのヴァレリオ殿下と、冷や汗に苦笑いをしている私。そこに、面白く無さそうな顔をしたレナートがやってくる。

「二人とも、一体何がそんなに楽しいのです？　ヴァレリオ、神官を呼びました。怪我を見てもらってください」

「いや、大丈夫だ。ロッセーラ、また今度、ゆっくり、話の続きをしよう」

「は、はい……」

　ヴァレリオ殿下は私を抱き起こすようにして立ち上がった。言葉遣いから想像できないくらいに優しく、私を大切に扱ってくれる。

　意外と紳士なんだな。彼は、一息つくと神官と従者に連れられて去って行った。

　時々彼が振り返り目が合ったので、私は手を振り見送る。

「……随分仲良くなられたのですね」

　いつの間にか近くに来ていたレナートが、なんだか気にくわない様子で、ちくりと言葉を投げかけてきた。