閑話 誕生日パーティーが開かれました。 前編

 記憶を思い出してから数ヶ月経ち、もうすぐ私の十五歳の誕生日だ。

 

 社交界デビューという面倒くさいイベントがあるらしいが……正直興味がない。

 様々な場所で行われるパーティやらお茶会やらに参加し交友を広め、結婚相手を見つけたり、派閥を作っていくものだそうだ。

 そういう政治的なことを考えずに、仲良くなれるのであればいくらでも参加したいと思う。でも、現実はそうもいかないらしい。


 私は魔法学園入学が決まっている。ヴァレリオ殿下やカリカも同じだ。

 この国では、魔力を持つ者は基本的に魔法学園に入学することが推奨されている。建前上は強制ではないが、ある程度大きな魔力を持つ者は、それなりに王国からの圧力があるという。

 そこでは、王族や貴族、もしくは選ばれた平民が入学し、共に魔法の勉学に励むのだという。また、能力が認められると、様々な王国の機関からのスカウトがあるらしい。

 平民にとっては、学費や生活費は王国が負担するため、魔力持ちであればそれを目当てに入学する者もいるそうだ。貴族や王族とコネクションを持てるという点も見逃せない。


 学園は全寮制で、王族・貴族と平民がそれぞれ別の宿舎に寝泊まりをする。

 王族や貴族はメイドや執事、召使いなどを連れて行く者が多いそうだ。しかし、その一方で身一つで入寮する者もいるという。


 私はマヤを連れて行くことにした。

 女生徒は男性の召使いや執事は連れて行かないということらしいので、グラズは館の方にいてもらうことにする。


「ロッセーラ様。それはあんまりでは……それでは我が何のために、ここに勤めているのか分からなくなります」


 珍しくグラズはへこんでいるようだったけど、最近はいつもの元気を取り戻している。

 多分、この感じは何か良からぬことを企んでいるのだろう。



 いよいよ、乙女ゲームの舞台、学園での生活がスタートする。 

 パーティなどをしなくても、友達やなにやらは、魔法学園に入ってから作っていけばいい。そう考えていたのだけど……。


「ロッセーラ、ヴァレリオ殿下との婚約も決まったことですし、次の誕生日にパーティを開きたいを思うんだ」


 そう嬉しそうに話すお父様の押しに勝てず、お披露目兼誕生日パーティーが行われることになった。

 当然のごとく、ヴァレリオ殿下も参加されるし、レナートもいらっしゃるそうだ。


 ヴァレリオ殿下は、時々館に訪れに来てくれて、お茶をしながら話をしたり、時にはコンサートを一緒に聞きに行ったりする仲になった。

 彼は私と一緒にいるのが楽しそうだし、私も楽しいものの、男女の関係として進展があるわけではない。

 二人きりになる瞬間が何度かあって、グイグイ来るのかと思っても、そうでもなく。結婚するまでは、このような関係が正しいのかも知れないけど、これでいいのだろうか? と思うことはある。

 そもそも、私の気持ちはどうなのか。


「ロッセーラ。君のおかげで、私につきまとっていた令嬢も姿を消したし……婚約を受けてくれて嬉しく思う」

「う……うん。そんなに違うものなのかな?」

「もちろん。既に婚約の相手がいるのに、声を掛けてくる者なんていないさ」


 公爵家の生まれということで、政略結婚など当たり前の世界に私は生きている。おそらく、それはヴァレリオ殿下も同じだろう。

 そんな境遇にあって、お互いに想いを共にする者同士で結ばれるというのは、とても幸せなことだ。

 彼のことは好き。まっすぐな想い、裏表がない性格。私を助けてくれようとした想い。

 以前、彼が私を守ろうとしてくれたとき、彼の腕の中に抱かれることはあった。その時は嫌だとも思わなかったし、とても安心したものだ。

 そんな気持ちが、きっと好きだという感情だとしたら、この婚約はとても素敵なこと。

 でも、これが、例えば父上と母上のような関係になれるような「好き」かどうか、私には分からないのだ。


 グラズに口づけをされそうになった時、私は嫌だという思いが芽生え、それを拒否した。

 その感情は、今までほとんど感じたことがない感情だ。

 では、もし同じ事をヴァレリオ殿下に求められたとき、素直に受けられるだろうか? 正直なところ、想像ができない。

 そんな中途半端な良く分からないこの気持ちは、そのうち変わっていくのだろうか……?



 誕生日パーティーの開催が迫ってきていた。

 めんどくさいと思いつつも習い続けたダンスが、それなりに様になってきた。

 魔法でズルをしようと思ったのだけど、うまく踊ることができる呪文があるわけもなく、結局地道な努力を要したのだった。


「あなたは、体力もありますし上手く踊り続けられるでしょう」


 私をしごき続けた講師の先生が、そう太鼓判を押してくれた。

 正直なところ、ここまで頑張れるは思わなかった。前世の体は本当に体力が無かったし。

 レナートがこっそり練習に付き合ってくれたのも大きかったかも知れない。


「ロッセ、貴女は筋は悪くないのですから、もう少し頑張れば、とても良くなるはずです」

「そうはいっても……なんで、元勇者がこんなに踊るのが上手なの……?」

「私は、前世でも今世でも、幼い頃から王国主催のパーティに参加していましたから」

「なるほどね。私と大違いね……。でも、不思議と息は合うわね」

「お互い戦っているときのリズムが体に染みついているからでしょうか?」


 そういっていつものように口角を上げる彼は、なぜか嬉しそうだった。



 誕生日がやってきた。


 ああ、面倒くさい。私は衣装やお化粧のため、人形のように動かずじっとしている。

 これが地味に辛い。パーティは夜からのはずなのに、お昼ご飯を食べてからずっと準備が続いている。

 私の周りを、マヤがぱたぱたと、嬉しそうに動き回っていた。

 

「今日は一生に一度の、社交界デビュー、お披露目の日。私は今が一番の頑張りどころなのです」


 額に汗を浮かべ、てきぱきと私を飾り立てていくマヤの姿はかっこいいし、可愛らしい。私はじっとしているだけで、なんだか申し訳なくなってくる。


「もう、テキトーにちゃっちゃっとやっちゃってよ」

「とんでもございません。ロッセーラ様が注目のまとになり、評価を頂けることこそが、私の望みであり存在価値なのです」

「ず、随分大げな感じね」


 マヤは、軽く溜息をついた。


「私の気持ちは届かないかもしれませんが……お嬢様は幸せになってもらわねば」

「わ……私は別に普通に生きられればと思ってるんだけど……それよりマヤこそどうなのよ。いい人とかいないの?」

「私は……お嬢様を差し置いてなんて……それこそとんでもないことです」


 最近、マヤに縁談の話があったらしい。しかい、それを進めようとした父上はマヤにこっぴどく叱られたのだという。

 雇い主に楯突くメイドなんて聞いたことがないと笑いながら話す父上であったけど、それが私のためだということから大目に見たらしい。

 彼女が私のために頑張ってくれるのは嬉しいけど、なぜだろうという気持ちと、もっと自分のことを考えて欲しいという思いが交差する。



 そうやって、着々と準備が進み……私はこれが自分なのかと驚くような容姿になったのだった。

 白いドレスに、髪を飾る白いベール。羽根飾りまで付いて、頭が少し重い。

 白い手袋をして、白い花をあしらったブーケを持って会場に向かう。


 バッチリ正装を決めたヴァレリオ殿下が会場に入る扉の前にいる。

 いつもの格好も正装に近いけど、今はそれ以上にカチッと決まっていた。


「ロッセーラ……綺麗だ。君を、エスコートできて俺は幸せだと思う」

「殿下……。あ……ありがとう」


 彼の熱を帯びた目に、なぜか目が合わせられず、私は俯いた。

 ベールが揺れ、かすかな衣擦れの音がする。


 ヴァレリオ殿下が私をエスコートしてひっぱってくれていた。なすがまま、彼についていく。

 そして、私達が会場に入ったとき、どよめくような歓声が響いた。

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