閑話 誕生日パーティーが開かれました。 後編
「あの方がロッセーラ様……お綺麗ね……」
「ふむ……あれがアロエの令嬢などと呼ばれておる娘か……今日は来た甲斐があったな」
視線が集中するのを感じた。さすがに羽根飾りは目立つらしい。
私を評価するような声がいくつか漏れ聞こえる。それは決して否定的なものではなくて……なんだか恥ずかしい。
マヤの頑張りのおかげだ。
「君のおかげで、俺は鼻が高い」
ヴァレリオ殿下はそう言って喜んでいる。
私は、会場の中心に歩いて行き、お客様に挨拶をする。予め考えておいたセリフを言いつつ、相手の話に耳を傾けた。
「ロッセーラ様! お話をしましょう」
「是非お茶会を……」
私と歳が近い少女達が集まってきて、挨拶の応酬を受ける。彼女らの押しの強さに驚きながらも、その雰囲気に次第に流されていく。
振り返るとヴァレリオ殿下の周りにも人だかりができていた。
仕方ないとは言え、一人で何人も相手にするのは疲れる。早く帰りたい……と思ってしまった。
数人の弦楽器とピアノによる演奏が始まり、ダンスが始まる。
一番初めの私の相手は、当然ヴァレリオ殿下だ。
「それにしても、綺麗だ」
「ありがとうございます。ふふっ。何度目かしら」
「そっ、そんなに言っているか?」
彼は頬を染め、無自覚な発言に驚いたみたいだ。
「はい。そうですよ」
「本心だから仕方ないことだ。俺は君に救われた。あの時、会っていなければ、君に言葉を掛けられなかったら……今でも兄に対して、強い嫉妬心を抱いていたことだろう」
「今は違うのですか?」
「今は、嫉妬の対象ではなく、目標だな。そしていつか、兄と並び、追い越し……君と一緒にヤツの吠え面を見るのを楽しみにしている」
「あはは……」
彼は私を腕の中に引き寄せた。
「本当は……今すぐにでも君の全てを自分のものにしたい」
彼が耳元で囁き、私の首筋に口づけをした。
柔らかく、ふわっとした感触が伝わってきた。触れられた感触が、稲妻のように私の全身を突き抜ける。
「あっ…………」
思わず、少し甲高い声がこぼれ、一瞬全身が硬直してしまった。瞬間的に顔が熱くなり、彼に目を向けられず俯く。心臓の鼓動がとてつもなく速くなる。
しかし、体の過剰な反応とは別に、頭は冷静に考えていた。首筋にキスされたのだと……。
それに、足を動かさないと、転んでしまう。
「……とても……とても可愛らしい」
なんとか足が動き、ヴァレリオ殿下のフォローもあって転ぶという最悪な展開にはならずに済んだ。
「だからこそ……君は渡さない」
彼がダンスの終わりに一言、誰に告げるでもなくぼそっと言って、去って行った。
もう婚約者であるのに何のことだろうか? むしろ……あなたの心変わりが心配なんだけど……。
さて、次のダンスの相手は……数人の男の子が私の前に並びつつあった。
こういうのは順番だと聞いていたのだけど……どうしてこうなった。
じゃあ、と適当に手を差し出すと……。
「ロッセ、お久しぶりです」
目の前にいたのは、レナートだった。
彼の申し出を受けると、少しだけ会場がざわめいたような気がした。
「うん、久しぶりね。忙しい?」
「そうですね……眠り病のことなど色々ありましてね。アロエの令嬢殿」
「もう……」
レナートはいつものように口角を上げて笑った。
「貴女のおかげで色々分かってきたことがあります」
「そうなんだ。レナートは、そのことばっかりね」
「はい。国の未来に影響する、とても重要なことですから」
真面目だなと思う。もう少しヴァレリオ殿下を見習って、自分のことも考えたらいいのに。
「それはそうと、レナートは最初に誰と踊ったのよ」
「うーん、誰だったかな。どこぞの伯爵家の令嬢だったと思うけど」
「ちょっと名前を忘れるなんて……それひどくない?」
そうかな? とレナートは悪びれもせずに言った。私のこともそんな感じで適当に選んだのだとしたら……ちょっと悔しいな。
「ヴァレリオとは、どうなのです?」
「どうって……普通に仲良くさせてもらっているわ」
「そうですか……。少し…………妬けますね」
彼の言葉の後ろの方は、殆ど聞こえないほど小さくなっていた。ん? 今なんて言ったのだろう?
私は彼の瞳を見つめたのだけど、すぐ逸らされてしまう。
「実は私も、今度魔法学園に入学します」
「えっ? 歳が違うでしょう? 入学していなかったの?」
「はい、そうですね。それでも今さらですが、通いたくなって、我が儘を言いました」
「そうなんだ……なぜ?」
「思い過ごしかもしれませんが、学園内に『敵』になるような何かがいるような気がしていまして……。それに、ヴァレリオやロッセもいて、楽しそうだと思いますし」
今まで気にしなかったけど、乙女ゲームの中でも、二つ歳上の彼と同級生だったのはこういうことか……と妙に感心してしまう。
「じゃあ……入学してからもよろしくね。レナート」
そう言うときっと彼は、いつものように口角を上げて不敵に笑うのだろうと思ったのだけど……彼は目を逸らして頬を赤らめた。
予想と違う行動にどきっとしてしまうが、彼はすぐ立ち直ると、いつもの調子で口角を上げた。
「ええ。私も楽しみにしています」
バルコニーに移動して、外の空気に当たっていた。ダンスで火照った顔を、夜風が冷やしていく。
「おや、こんな所にいたのですか」
グラズが飲み物を片手にやって来た。私はそれを受け取り、ぐいっと飲み干した。葡萄の味がする飲み物だった。
その甘い液体は、私の体を内側から冷ましていく。
「ありがとう」
「いえ……ロッセーラ様。もしよければ私とも踊っていただけませんか?」
「あら、さっき一緒に踊れば良かったのに」
「まさか……あのような場でお嬢様の手を取るなど」
私は、グラズの手を取った。足を動かし、バルコニーを横断する。ここはそんなに広くないので、踊る真似をするに過ぎない。
「な゛っ。クラス……あなたはいったい何を……そこをどいて……いいえ、代わってください!」
マヤがやってきて、クラスとの口論が始まる。お互い認め合うところがあるのか、言い合うものの険悪な雰囲気にはならない。見方によっては痴話げんかに見えるのかもしれない。
もう慣れっこになった、いつもの光景だ。
唸っているマヤの手を取り、踊りはじめる。しかし、彼女はロクに練習もしていないし、見よう見まねで女性パートの動きをとったため、私とマヤの体がもつれた。
「さ……さすがに女二人は無理があるわね」
「申し訳ありません」
そう言いつつも、マヤの声は弾み、口元を緩め嬉しそうにしている。
「ロッセーラ、ここにいましたか」
「ロッセ、何やら面白いことをされていますね」
王子二人がやってきて賑やかさに拍車がかる。
ペアを順に入替えて、ダンスの真似事をする。私はとても楽しくて、時を忘れてみんなとはしゃいだのだった。
いよいよ乙女ゲームが始まる。学園での生活が始まったら、とにかく死への回避をしていかなければならない。元魔王であることも隠さなければならない。
処刑は是非とも回避したいところだ。
特に乙女ゲームと状況が異なる部分は、注意していかなければならないだろう。
それでも、私はレナートがいてくれることで、あまり深刻にならずに済むと思っていた。
彼が味方でいる限り、決定的な破滅から逃れられるだろう、と
魔法学園への入学が、すぐそこまで迫っていた。
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