第2話 大切なことを思い出しました。
二階席からまっすぐな廊下に出て、吹き抜けのロビーに出る。階段を下ると、一階席の出入り口の前だ。
しかし、ロビーを見渡しても、ヴァレリオ殿下の姿が見えない。もう外に出てしまったのだろうか?私はマヤを待たず、一人でホール出口に走った。
外に出ると、明るくなり目が眩むが、すぐに慣れる。
周囲を見渡すと、近くに待機していた王家の馬車があることに気付いた。しかし、その周囲に、紫色の煙が立ちこめている。これは……【
目を凝らすと何人か護衛や御者と思わしき人が倒れている。
すると、馬車の中から白装束に身を包んだ人影が二つ飛び出した。そのうち一人は、誰かを担いでいる。
「ヴァレリオ殿下!」
声は届かず、彼は担がれたまま動かない。
白装束達は私の方を一瞥し、近くの路地裏に駆け込んでいく。なんということだ……誘拐だ。
「……実は去年、ある演奏会を聞きに行ったときに誘拐されてしまってね。その時に……」
突然、乙女ゲームでの彼のセリフを思い出した。そうだ……違和感の原因は、彼の目にあった。乙女ゲームに登場する彼は、失明した片目を髪の毛で隠していたのだ。
彼は魔法学園入学時には、既に片目の視力を失っていた。慣れない視界に剣の練習も、楽器の練習も放りだし、失意のどん底にあったのだ。
初めて会った時の違和感の正体はこれだ。
入学後、乙女ゲームの主人公と出会い、元気を取り戻して剣と楽器を再び手に取るのだ。
やがて演奏家として一定の評価を得るようになり、剣技でも第二王子を圧倒するようになる。
そしてゲームの終盤、立ち直る原動力になった主人公に、演奏で感謝の気持ちを伝える……という、今思い出しても泣けてくるストーリーだ。
胸がキリキリと締め付けられた。乙女ゲーム内の序盤、憔悴しきっていた彼の顔が脳裏に浮かぶ。感情移入しすぎていて、その表情に泣いてしまったほど。
こんな重大なことを、大きな違和感を、なぜ今までスルーしてきたの……?
「君と一緒にレナートの吠え面を見るのが楽しみだ」
「君にそう言われると、できるような気がしてくる」
「おお、待った甲斐があった……素敵だ、ロッセーラ」
ヴァレリオ殿下の言葉が頭の中に響く。少しだけ強引だけどとても優しくて、とてもまっすぐで……。
彼の表情が大きく
しかし、放置すると間違い無く、乙女ゲームのストーリー通りに落ちていく。
絶対にそうはさせない。
私は、熱くなっていく目頭を拭い、白装束の後を追うことにした。
彼らを追い路地裏に入ったけど、人の姿はなく、白装束の姿も見えない。
私は周囲に誰もいないことを確認すると、【
すると曲がりくねった路地の奥に蠢く二つの人影が見えた。
これから犯罪を行おうとする者、行っている最中の者、行った直後の者。
この魔法は、死角になっている位置であろうと、悪意を持つ人間がいれば探知することができる。大丈夫、彼らを追っていける。
白装束は迷いを見せずに路地を駆け抜けていく。空き家の中を通り抜けたりして、追っ手をまくような道筋だ。
ステージの上に現れた使い魔や、白装束の逃走から察するに誘拐は予め計画されたもの?
追跡を続けると、白装束は廃墟となった大きな館に入っていった。
しばらく様子を窺っていたけど、館の中で動かなくなった。ここが目的地なのだろう。
私は躊躇することなく、自らの姿を消す呪文【
館の中は、いくつかの部屋に人が住んでいる痕跡があった。外から見た薄汚れ朽ち始めた建物の印象と違い、内側は、殺風景なものの、清潔に保たれている。
奥に進んでいくと二つ目の部屋で、白い服がいくつかあるのを見つけた。
三つ目の部屋に人の気配を感じた。恐らく一人。白装束ではない。ヴァレリオかもしれない。
部屋に入ると、床に誰かが倒れていた。しかし、ヴァレリオ殿下ではないと一目で分かる。女の子だ。
服装から察すると平民のようだけど……この様子だと、殿下のように白装束に誘拐された?
何か酷いことをされていないか心配になり近づく。
「あの、もし……?」
「ん……」
よかった、生きている。
少女の細い体に手を回し、抱き起こす。体温と、見た目よりボリュームのある胸の柔らかさが伝わってきた。
彼女は、今の私と同じくらいの年齢だ。シルバーブロンドに人なつっこそうな栗色の瞳が可愛らしい。どことなく、顔に見覚えがあった。
でも、誰だっけ……?
いや、そんなことは後回しだ。私は彼女を起こそうと、軽く体をゆすった。
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