閑話 眠り病 1

「お嬢様、もうすぐ市場です」

「うん……こういう外出も楽しみね」

「……はい!」


 私とメイド長のマヤは、魔術ギルドに向けて外出し、馬車に乗っていた。

 話を聞きつけたお父様がしつこく付いていくと言ってきていたのだけど、丁重にお断りをした。

 なぜ、魔術ギルドに向かうことになったかというと——。



 前世の記憶を取り戻してから数日後。

 マヤが、廊下でうーんと唸っているのを見かけたのだ。


「どうしたの、マヤ?」


 彼女は、ぱっと顔を明るくして私の方を向く。


「あ、お嬢様……ちょっと気になることがありまして……」

「気になること?」

「はい……この館の入り口の門に数日前から毎日、花が置かれているのです。アロエの花なのですが」

「アロエねぇ。何か意味があるのかしら?」

「よく分からなくて……執事に一応報告はしたのですが、気にしなくていいと言われて」


 乙女ゲームには、アロエは怪我を癒やすアイテムとして出てきていた。兄弟げんかの時に、このアイテムを持っていればヴァレリオの怪我を少しだけ癒やせるのだ。

 後で、このアロエの花言葉のことを話すイベントもあった。あったのだけど……。


「アロエの花言葉って……何だっけ?」

「なるほど、花言葉ですか。私も存じ上げなくて。何か意味があるかもしれませんね。アロエは神殿に置いてあると聞きますし、神官なら詳しいかもしれません」

「そうね。それに、治癒系魔法のアイテムを作るために、魔術ギルドにも置いているはず」

「魔術ギルドですか? お詳しいのですね」


 前世で、街から追放される前は、魔法の実験を行うのによく通っていたのだ。

 杖や魔道書も欲しいし、魔術ギルドに向かうのはアリかも知れない。


「そ……そうね。欲しいものがあるし、今から準備して行きましょう」

「えっ。は、はい! 私もご一緒します」

「うん、お願いね」


 そんなこんなで、マヤと外出することになったのだ——。



 魔術ギルド。一見、普通の家に見える。しかし目立たぬように控えめに置かれている看板が、私達の目的地であると伝えてくれる。

 玄関の扉を開け中に入ると、ツンとした薬品の匂いが鼻をついた。


「おや、が魔術ギルドに何の用だい……?」


 腰の曲がった、黒いフード付きの服に身を包んだお婆さんが、苦々しげに言った。

 お店の中は薄暗く、分厚い魔道書や大小様々な杖、そして奇妙な虫や小動物が瓶詰めにされているのが見える。なかなかに、不気味な風景だ。

 途端にマヤが口を手で押さえ、しゃがみ込んだ。


「うっ……」

「大丈夫? 気分が悪ければ馬車で休んでいて」

「いえ大丈夫です……お嬢様と一緒にいます」

「無理しないでね」

「ありがとうございます」


 私は前世で色々実験してたから慣れているけど、経験がないとキツイよねこれ。


「おや、あんたは平気なのかい?」

「まぁね。とりあえず魔道書と……杖が欲しいわ」

「可愛い顔をして……見かけによらないもんだね。虫も殺したこと無さそうなあんたより、そっちのメイドの方が平気そうじゃが……」


 そう言って、お婆さんはニヤリとした。


「ちなみに、こんな虫もあるぞい?」

「うわぁ……」


 お婆さんはどこから取り出したのか、瓶詰めにされた虫を私の目の前に差し出した。

 うん、解説したくないのでしないけど、見た目だけでもマヤが卒倒しそうなレベルでグロい……。慣れているだけで見ていて気持ちいいものじゃないし。


「ケッケッケ……。これでも物怖じしないとは……」


 お店の中には、そんなお婆さんが揃えたとは思えないような可愛いアクセサリも置いてある。

 私は並べてあった小杖ステッキを手に取った。小さな丸い宝珠が杖の先端にあって仄かな光を放っている。赤、青、黄色。とても綺麗だ。


「とりあえず小杖ステッキは……これが可愛いかな?」

「そんな小さなもの、お飾りに過ぎんし、たいした呪文も込められないから、大杖スタッフの方がいいんじゃないかねぇ。あんた、魔法に詳しそうだし、色々使えるんじゃろ?」

「ま、まあ、そう言われると嬉しいわ……魔道書は……これは?」

「それは、全職階級クラス対応のものだけど、その分、書き込める呪文の数が少ないのさ。少し前に発注があった時に何冊か作ったけど、売れやしなくてね」


 魔法は、職種ごとに使える種類に制限がある。例えば、【癒やしヒーリング】の呪文は神官魔法と言って、神官職クレリックやその系統の職階級クラスしか扱えない。しかし私はそのような制限がなく、どんな魔法でも覚えてしまえば使える。

 前世の魔王時代に部下だった悪魔やダークエルフは、その点にとても驚いていた。私が魔王である所以ゆえん、人外の者達が部下になった理由はそんなところにある。


 また、魔法を発動させる呪文は、高度なものは複雑で覚えられないものもある。複雑な魔法は、魔道書に呪文を書き写して、それを読むことで使うことが多い。

 普通は職階級クラス専用のものを使い、こんな全職階級クラス対応のものは、魔王のような魔法の使い手でない限り不要なはずなんだけど。


「どんな人が発注されたのですか?」

「…………はて? …………誰だったかな? 忘れちまった」

「ガクッ」

「もう歳かねぇ」

「……じゃあこれください」


 ぶつぶつ言うお婆さんから、杖と魔道書を買うことが出来た。

 あれ? 私も何か忘れているような……。


「お嬢様、アロエの……」


 すっかり忘れていた。マヤに言われてここに来た目的を思い出す。

 アロエもお店の中に展示してあった。治療に用いる茎の部分も、魔法の触媒となる花の部分も。

 さっそくお婆さんに聞いてみよう。


「あの……そこに置いてあるアロエの花言葉って何か知っています?」

「ふむ、知っているとも。『苦痛』『悲嘆』だね。やっぱり女の子だねぇ」

「それ、関係あるかな?」


 あっさり、花言葉が判明した。それにしても、『苦痛』『悲嘆』とは……ちょっと穏やかじゃない。無視するのは、良くないような。

 恐らく……。


「お嬢様、アロエの花を置いている人は、何かを大変な事態を伝えようとしているのでは……?」

「そうね、私もそう思う」


 でも、いったい何を? クリスティーニ家の領内の誰かが、苦しんでいる? あるいは、領民の人々全体の意思だとしたら……。

 お父様にでも領地の様子を聞いた方が良いのかもしれない。


「考えていても仕方ないし、帰ってから考えましょう」

「はい、お嬢様」


 せっかくなので、ペンダントなどの装飾品を見渡す。どれも、何らかの魔法が込められているものだ。

 可愛らしいデザインのものも多い。


「マヤ、欲しいのある?」

「いえ、私は……魔法を使えないですし」

「使えなくても身につけるだけでも可愛いと思う」

「そ……そうでしょうか?」

「似合いそうなの、選んであげる」

「えっ……? そんな……どうしよう……」


 マヤは満更まんざらでも無さそうだ。

 彼女に似合いそうなペンダントを色々と比べていく。胸元に当て似合うか確認したり、マヤ自身も可愛いと思うものを手に取っている。

 まずい。これは楽しい。楽しすぎる……二人でキャッキャ言いながらアクセサリを選ぶのがこんなに楽しいとは……。目がウルウルしてしまう。


 二人してしばらくの間、あれも可愛い、これも可愛いと商品を見て、気に入ったものを購入する。

 その時……。


「よぉ、いつものあるかい?」

「ああ、あるよ……お前さん、魔法のアイテムを作るのでもないのに、アロエの花なんて何に使うんだい? 鑑賞用ってワケでもないだろう?」


 ギルドのお婆さんと、お客さんの声が聞こえてきた。

 アロエの花……?

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