第8話 あなたも笑顔でいて欲しいと思いました。

 カリカの言葉が続く。

 しかし、その言葉は私のまったく予想していない内容だった。


「でも、私はロッセーラ様もお慕い申しています。殿下以上に——」

「えっ……」


 ぬぁっ? ぬぁんですって?


「私は……そんなお二人が仲良くされている姿を傍らで拝見するのが、とても好きなのです。幸せな気持ちになるのです」


 んんっ? 何か思っていたのと違う。

 戸惑う私をよそにカリカの真剣な言葉が私に追い打ちをかけていく。


「私は、色々……我慢してきました。友達も出来ず、好きな人も、ひょっとしたら愛情も……このまま生きていても意味がない、幸福感など感じることは無いのかもしれない……と思っていたのです。でも、それは間違いでした」


 カリカの瞳にキラリと光るものが見えた。

 それは、夕日に照らされカリカの顔を飾るように輝いていた。


 心を写すカリカの声は力があったものの、ややかすれている。

 私はどことなく切なさを感じた。

 とてつもなく純粋で、真剣で、儚い思い。


「ロッセーラ様に出会って、ヴァレリオ殿下に、レナート殿下に……とても素敵な方々に出会って……。私はとても、とても大きな幸福感に包まれていると、そう思うのです」


 カリカとはこういう子なのだ。


 でも、と私は思う。

 確かに彼女の気持ちは嬉しい。

 彼女の気持ちが真実でずっと続くとしたら、皆幸せになれるのかもしれない。


「で……でも、好きなら……自分の物にしたいと、私から奪いたいと思わないの?」


 ああ、私はいったい何を言っているのだろう?

 乙女ゲームを遊んでいるときに自分が感じた思いが口に出たのだけど、どうもカリカを見くびっているような、見下しているような言葉のような気がしてくる。


「ごめん……こんなこと言ってしまうのは……失礼でした。ごめんなさい」

「いいえ」


 カリカは、まったく気にしないような様子で、私の手のひらをぎゅっと握ってきた。

 そして、いつも見せてくれるように、可愛らしく微笑んで言ったのだった。


「そのような感情は抱いていません。少なくとも今は……でも多分、ずっとこの先も気持ちは変わらないと思います。だから、ずっとロッセーラ様は笑顔でいてください」

「ああ……」


 私は、どうしてだか分からないけど、彼女を抱き締めたくなった。

 自然に彼女の背中に手を回り、抱きよせる。そしてそのまま……なぜか、涙を流してしまうのだった。


「ロ、ロッセーラ……様?」


 戸惑う声が聞こえたのは一瞬で、すぐにカリカの手のひらが私の背中に触れるのを感じた。


 カリカの願いはとてもささやかなものだ。

 好きな相手を自らのものにするのでは無く、ただ傍らで見守るだけで幸せだと。自分が、自分が……という人には、きっと理解し得ない感情なのだろう。


 私には、やっぱりカリカの気持ちが分からない。でも、彼女はそれでいいのだと言った。

 幸福感、というのはきっとこういうことなのだ。

 他の人からは理解できないけど、本人は幸せであると確信している。


 私はカリカから、様々なことを学んだような気がしたのだった。


 いつまでこの関係を続けることが出来るのか。

 人の気持ちは変わっていく。関係も変わるだろう。

 カリカは、変わらないと言ったけど……本当にそうなのだろうか?


 自らに芽生える疑問。それは、いつか答えが出るのだろうか?


 疑問は不安を生じさせる。

 それでも、私は、カリカからもらった幸福感に、うっとりとしてしまうのだった。




「ロッセ、どうしたんですか? そんな呆けた顔をして。といっても……いつもの貴女ですね」


 カリカと別れ、人目を避けるように広場までやってきた。

 日がだいぶ傾き、広場の境界線を示す背の高さほどの緑の壁が、次第に茜色に染まっていく。


 私を見つけたレナートは、目を丸くして、いきなり失礼なことを言ったような気がした。

 でも、それはきっと些細な問題だ。

 寛容になった私は、どんな罵倒であっても許してあげるのだ。


「まあ、色々あってね」

「ふむ。ロッセを見てると不思議と安心しますね」

「それどういう意味よ?」


 このやり取りも、予定調和で安心してしまう。

 またいつものように、口角を上げて笑うレナートだったけど不思議と悪い気はしない。

 気持ちも体力的にも活力に満ちあふれ何でも出来るし、何でも許せるような気分。

 そんな気分になれるような素敵な力をもらったんだ……この力をカリカパワーと名付けよう。


「何か良いことがあったのですね」

「そうね。でも、多分、レナートが思うような良いこととは違うわよ」

「ほう、とても気になる話ですが……その様子だと話してはくれないのですね」

「ええ。親友との大切な話ですから」

「では、仕方ありません」


 そう言って、レナートはふう、と一息ついた。そして、急にとても真剣な顔になり、声も低くなる。


「話をしたいと言いましたね。三つほど、貴女あなたに伝えたいことがあります」

「三つも? 多くない?」

「…………うちひとつは、貴女とヴァレリオのことです」


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