閑話 眠り病 4
乙女ゲームでは、最終的に結ばれる登場人物とのキスシーンがあった。その続きも見たかったのだけど、それ以上は描かれず、もんもんとしたんだっけ……。
そういえばこの前ヴァレリオ殿下に抱き起こされるようなことがあった。キスこそしていないけど、あの時の私達はこういう風に見えた……?
思い出すにつれ……急に恥ずかしくなってくる。私の目は彼らの行為に釘付けになっていた。
「んっ?」
不意に視野が真っ暗になる。瞼に伝わる温もりで、それは誰かの手のひらだと気付く。
マヤがいつの間にか私の背後に回り、私の目を両手で覆ったようだ。
「お嬢様には、まだ早いかと……」
「えっ? なんで? 見せて」
振り払おうとしようとしたとき、
「うぉっふぉん!」
レナートがわざとらしい咳払いをした。部屋の空気が一気に下がったように感じる。
ようやくマヤの手のひらから解放されたときには、コリノさんと奥さんがが頬を真っ赤に染め、俯いてベッドに少し離れて腰掛けていた。
ああああっ。見たかったような……そうでもないような……いや、やっぱり見たかったかな。
「申し訳ありません、ちょっと話を聞きたくて。ちょっと、よろしいですか?」
「はい……」
奥さんはお腹がすいたということだったので、先に食事を摂ってもらうことになった。そして、落ち着いたことを確認後、レナートによる質問タイムが始まった。
コリノさんの話によると、三日前、仕事を終えいつも通り食事をして眠ったのだけど、奥さんだけは翌日目を覚まさなかったそうだ。
特に前触れもなく、二人とも健康だったらしい。
普段、奥さんが店番を、コリノさんは服の仕立てや仕入れをしているとのことだけど、怪しいお客さんなどいなかったそう。
「……ふむ。なるほど。手がかりらしいものは特にないですね」
レナートが肩を落とした。彼は、かなりこの眠り病の問題に入れ込んでいるようだ。
どうして、この病気が、というよりどうして悪魔がとりついていたのか、私も気になることは気になるのだけど。それより……。
「ねぇ、レナート。眠り病と思われる人には【
「そうだね。宮廷魔術師の中に悪魔祓い専門の集団がいるから、彼らに調査を依頼することになると思います。悪魔が出現するのなら、騎士の
「やっぱり、お金がかるのかな?」
「そうですね。さすがに多くの人間が動くので無償という訳には……」
そういって、レナートはコリノ夫婦の方に視線を向けた。溜息をついてやや目を伏せる。
「平民には少し辛い金額に……」
「彼らの分はいらないよね? それに……他の人の分もクリスティーニ家が支払えるか、父上に相談してみようと思う……」
婚約にかけるお金が浮くのなら、その分を回してもらおう。これがお金の有意義な使い方だ。
何もできずにいると、さっきみたいに刃物を向けられるような事態になりそうな気もするし……無理なら諦めるけど……。それに悪魔祓いだけなら私だけでもできるかもしれない。
「ふーむ。なるほど、寄付のような形になるのか…………。これは……いいかもしれない。王国側もそれに協力するよう私も動いてみよう。ロッセ、さすがですね」
「はえ? どういうこと?」
「領主としてのあり方……そして公爵家の知名度……おっと、
そう言ってレナートは口角を上げた。
うーん? 攻略対象との私の好感度は、かなり興味があるんですけど!?
それに、単なる思いつきだけど、褒められたような……余計な一言があったような?
私達が言い合っていると、すっかり安心した表情をしてコリノさんが奥さんと共に立ち上がった。
「あの、改めてお礼を言わせてください。殿下、ロッセーラ様」
「あー。最初に気付いたのはメイドのマヤなんだけど……彼女が気付いたから私も行動できたんだし」
「では……マヤさんも。本当に、ありがとうございました」
二人はそう言って、頭を下げた。
「うんうん、奥さんを大切にね」
「それはもう……貴女達に気付いてもらえて、花を置き続けて……よかった……」
そう言って、コリノさんと奥さんが寄り添う。
いいなぁ。こんな夫婦……。私も素敵な恋をして、結ばれて……処刑とは無縁の生活を送りたいものだ。
お父様は、少しゴネたけど、眠り病の治療(悪魔祓い)の費用を負担することに同意してもらえた。
そのことをレナートに伝えると、王国側が半分を負担するということになったと教えてくれた。王国内での発症者は数十人程度で今のところは、それほど多額にならないということだった。
数日後。
マヤが、紺色の小さな花を持って私の部屋にやってきた。
「あの、お嬢様。門の横に……また花が置いてありまして」
「えっ、また? コリノさん? それとも……? 治療は進んでいると聞いたのだけど」
「いえ、それが……」
どうやら、眠り病が快方に向かった人達の家族が、感謝の印として花を置いているのだそうだ。
早速見に行くと、色とりどりの花が並べられていた。
調べてみると、それらの花のどれもが、「感謝」「信頼」などの前向きな花言葉を持っていた。
「全部、お嬢様に対する気持ちだと思います」
マヤはそう言うけど、お金を出しているのは私ではないし、実際に悪魔祓いをしているのは他の人だし。
いろいろ誤解があるようだけど綺麗な花を見ていると、心が軽く、嬉しくなった。
そしていつしか、自宅の周囲に可愛らしい花が咲き続けるようになる。
さらに、私が領民の人たちから「アロエの公爵令嬢」と呼ばれているのを知った。
悪くはないのだけど、もうちょっと可愛い花がいいとか、なんとかならないか……とベア吉に相談した。すると、「ひきこもりの魔王」より随分マシだろ、というベア吉の言葉に妙に納得したのだった……。
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