閑話 眠り病 3

「家の場所を教えて」

「俺はあんたに悪意を向けたのに……しかも平民の……」


 男の人は戸惑い少し警戒をしているようにも見えた。

 マヤも腑に落ちないという顔をしている。

 確かに深く関わらない方が良いとは思うのだけど、魔王の仕業だという眠り病のこと知っておきたい。


「気になるし、奥さんが心配だし……」

「それはそうですが……」

「……こんな私は嫌い?」

「今のお嬢様は……そんな……ことはありません」


 マヤは消え入りそうな声でうつむいて答えた。


「だったら、少し寄り道になるけどマヤも付いてきてくれると嬉しい」

「わかりました」


 なんとかマヤを説得すると、ギルドのお婆さんがニヤニヤしつつ近づいてきた。


「これを持っていくかい?」


 ギルドのお婆さんから【呪い解除リムーブカース】の呪文書を受け取る。

 眠り病にはこの魔法が効かないらしいけど……試してみる価値はあると思う。

 私達は準備を整え、同じ市場にある服屋に向かう。



 服屋の男の人は、コリノと名乗った。彼に案内され、市場の片隅にある服の店舗兼住居に到着する。建物の壁の下層部分は煉瓦造りで、その上も同じ褐色に塗られている。周囲と違って少しおしゃれに見える。

 花でメッセージを伝えようとしたのも、こういうセンスなのだろか?


「お邪魔します。あのー……奥さんはいらっしゃいますか?」

「お嬢様、眠っていたら返事ができないのでは?」

「そ……そうね」


 マヤのツッコミを受けながら、屋内に入り……店舗部屋の奥に向かう。

 奥の部屋には、いくつか仕立て中の服が何着か置いてあった。真っ白な、フード付きの服が目に付く。白装束というやつなんだろうけど、変なセンスだ。


「こちらです」


 女性が、ベッドに寝かされていた。少しやつれているけど、可愛らしい人だ。救おうとコリノさんが必死になるのも分かる。

 コリノさんは、無言のまま、愛おしそうに奥さんの頬に触れた。

 私は彼女の身体をゆすったり、声を掛けたりしてみる。


「普通に眠っているように見えるけど……起きないわね」

「はい……これが、眠り病なのですね……」


 マヤは両腕で自らを抱き締め、唇を噛むようにしている。

 私は、預かっていた呪文書を取り出し、広げた。


「じゃあ早速……【呪い解除リムーブカース】」


 呪文書を開いて唱えた。呪文書には魔力が込められているので、術者の魔力を消費しないことが利点だ。

 しかし、奥さんの身体が仄かに光を発したものの、様子は変わらなかった。


「ダメか……」

「そうですね……やはり私達には……」

「一つ試させて」


 【呪い解除リムーブカース】の魔法より上位の魔法がある。私に残っている魔力を全部使えば、ギリギリ発動できると思う。


「【悪の解呪ディスペル・イービル】」


 悪い影響を及ぼすものを身体から追い出す魔法が無事に発動した。しかし……。


「…………何も起きませんね……あっ。大丈夫ですか? お嬢様」

「う、うん……魔力が尽きたみたい」


 目の前が暗くなり、視界がぐるぐると周りだした。まっすぐ立っていられず……フラフラする。

 そんな私を察したのか、マヤが肩を貸してくれた。


「ありがとう…………なっ!?」


 ぱっと奥さんの身体が光を発したと思うと、ベッドの横に何か、人型の影が浮かび……次第にはっきり姿を現していく。

 褐色の肌、山羊のような顔に長く伸びるツノ。目立つ人型の魔物だ。衣服を身につけていないその身体は、筋肉に覆われ、屈強な戦士をイメージさせる。


下級悪魔レッサーデーモン……どうして?」


 悪魔は、一瞬奥さんとコリノさんの方を見たけど、彼らにはまるで関心がなさそうに素振りをした。そして、私達の方を向いた。

 マヤが危険に気づき、私を支えつつ移動を始める。途中で振り返ると、悪魔と不意に目が合う。すると、急にヤツは急ぎ足になり、私達を追いかけはじめた。

 今は魔力不足で正直勝ち目がない。敵は下級とはいえ悪魔だ。並の騎士でも一対一では苦戦するだろう。


 マヤが私を引っ張って歩いてくれる。

 しかし……ついに店舗部屋に移ったとき追いつかれてしまった。あともうすこしで外に出られるのに……。


「お嬢様……私を置いて逃げて下さい」


 マヤが私を隠すように、悪魔の前に立つ。魔術ギルドの時と違って、声も身体も震えていなかった。

 彼女はわずかに微笑んで私を見た後、すぐに表情を引き締め、凜々しく敵を見据えた。

 次の瞬間、悪魔が腕を振り上げた。鋭い爪が光る。その動作を、やけにゆっくりに感じた。時の流れが遅くなったように全てが鈍く動いているように感じる。


 このまま腕を振り下ろされたら、マヤはただでは済まないだろう。

 もし彼女が怪我をしたら……それ以上に酷いことになったら……私のせいだ。

 奥さんの様子を見たいなどと言わなければよかった。アロエの花のことなど無視しておけばよかった。

 

 私は、思わず顔をそむけ目を瞑った。


 ……キィン!

 金属がぶつかる甲高い音が聞こえる。


「えっ?」


 マヤが驚きの声を上げた。そろりと目を開けると、何者かが私達と下級悪魔の間に割り込んでいる。

 後ろ姿に見覚えがある。レナートだ! 彼は剣で爪の攻撃を受け止めてくれている。


「やあ、ロッセ、元気がないようですが、どうしましたか? あと……君は、マヤといいましたね」


 彼は振り返り、動けなくなっていた私達を見た。悪魔は、何度も爪を振り下ろしているのに、レナートはそれを見ずに剣で受け流している。

 すごい余裕だ。


「レナート、どうしてここに!?」

「話は後だ……まずこいつを片付けよう」


 レナートは、悪魔の方向を向くと、駆けるように切り入っていく。その強さは圧倒的で、あっさり敵の体に剣を突き立て、決着がついた。


「オ……オノレ……我ラガ……」


 下級悪魔は何かを言いたげにしていたが、結局そのまま、すうっと霧散するように消滅した。

 部屋に静寂が訪れる。


 助かった……マヤに怪我がなくてよかった。

 私には、レナートが後光を発しているように見えた。彼が振り返り、私達と向かい合う。いつも見ていた彼の口角が上がる様がキリッと輝き、まぶしく感じる。


「どうして……ここに?」

「神殿から眠り病が発症したと聞いてね。しかも、君の存在を感じて……急いで来たのです」

「そうなんだ……ありがとう。マヤを救ってくれて」

「気にすることはありません。しかし……どうして下級悪魔レッサーデーモンが……?」

「眠り病の奥さんに【悪解呪ディスペル・イービル】の呪文を使ったら現れたの」

「悪魔祓い……? そんな魔法を貴女あなたは……そうか……なんでもありでしたね」

「その言い方って何か雑ね」


 彼に軽口をたたくと、私の胸に温かいものが触れた。マヤが抱きついてきたのだ。彼女はガクガクと身体を震わせていた。

 そうよね。怖かったよね……。



「レナート殿下、ロッセーラ様を助けていただいて、ありがとうございます」


 落ち着きを取り戻したマヤがお礼を伝えると、レナートがはにかみながらまた「気にしなくていい」と言った。今までの印象と違い、今彼は随分柔らかい表情をしているように思う。


「状況的に君が時間を稼いでくれたのだろう? だから間に合った。ロッセが助かったのは、君のおかげだ。これからも、彼女の力になってやって欲しい」

「……はい!」

「ふむ……随分ステキな顔をされますね……」


 むむ……。レナートの視線がマヤに向けられている。

 気にくわない。実に、気にくわない。私はマヤを彼から隠すように抱き締めた。


「何よ、マヤは渡さないわよ」

「お、お嬢様?」

「ははっ、何を心配しているのですか?」


 レナートは笑いはしたものの、急に顔を曇らせた。


「しかし……悪魔か……面倒なことになりそうだな……」

「そうなの?」

「悪魔が宿っていた方の様子を見に行きましょうか」


 レナートの提案に従うことにする。彼女に、どうして悪魔が憑いていたのか……? これが眠り病の原因だとすると……?

 分からないことだらけだ。乙女ゲームの設定にもなかったと思うし……。



 私達はコリノさんの奥さんが眠っていた部屋に入る。


「わぁ……」


 ドアが開きっぱなしだったので、ノックもせずに立ち入ったのだけど……そこには抱き合うコリノさんと奥さんがいた。二人は、キスをしながら熱く抱き合っていて、私達にまったく気付かないようだ。

 私はドキドキしつつも……見てはいけないような気がしつつも……初めて見る男女の景色に目を奪われた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る