閑話 眠り病 2
「ああ……庶民の思いってヤツを伝えるのに必要でね」
「私の家の前に花を置いていたのは…………あなた?」
「お嬢様……それは……!」
つい、話しかけてしまった。
いったいどういうつもりで、花を置いていたのか聞くチャンスだ。
しかし、その男は私に目をやると、急に目を細め口元が歪んでいった。
「お前貴族か……しかも……クリスティーニ……動くなよ」
あろうことか、男は短剣を抜くと、私の方に向けてきた。
まだ距離があるけど、詰められるとまずいかもしれない。ここは魔法で……と考えていると、マヤが私の前に立った。
「お……お嬢様に…………指一本……」
彼女の体は、見て分かるほど震えていた。誰だって、こんな状況だと怖いだろう。
せっかくの楽しい時間を邪魔するとは……マヤを怖がらせるとは……この男……許すまじ。
「マヤ、ありがとう、大丈夫よ。私が付いている」
「お、お嬢様……?」
私は、彼女の手を強く握って、頭に思いつく限りの低級魔法の呪文を唱え始めた。
歯止めがきかない自分に対して、ブレーキをかけようとも思わない。
「【
「ぎゃっ!」
悲鳴と共に強盗が前のめりになり、倒れた。
この魔法は、人間の体を麻痺させ動けなくするものだ。
さて、次は……。
「【
「め……目が……目がぁ……」
暗闇の空間を生み出し視界を奪う魔法だ。次は……。
「【
「痛い痛いっ!」
次は……。
「【
「痺れるッ……」
「【
「み……耳が……耳がぁ」
…………。
色々使ってみたけど、低級の呪文は問題無く発動した。
だいぶ弱っているようだし……トドメに今すぐ唱えられそうな高度な呪文を頭に思い浮かべた。
「【
ビシィィィ。
呪文を唱え終える前に頭に強い衝撃があった。何か棒のようなもので叩かれたのか、ズキズキする。
「痛っ!」
「おい、この
痛みの方向を見ると、
まあ、あの魔法は……魔力不足で発動しなかったろうけど、さすがに【天罰の嵐】はやり過ぎか。
「だいたい、低級とは言え様々な
「あはははは……」
とりあえず笑って誤魔化した。これといって良い言い訳を思いつかない。
幸い、お婆さんはこれといって追求をしてこなかった。よかった。
そして、マヤがぽかんとして私を見つめている。
うん、言いたいことは分かる。この前ようやく魔法を発動したばかりなのに、って顔に書いてある。とりあえず彼女には「いやーこのステッキすっごい性能だわー」と言ってスルーしておいた。
「……あれまぁ、この男、気を失ってるよ」
おばあさんが、男に近づいて言った。低級の魔法ばかりだったので、ダメージは殆ど無かったろうけど、精神的負担が大きかったのだろう。
お婆さんが動かない男の手足を拘束する。こういうのは街の衛兵か神殿に引き渡すのだけど……強盗でもないし、よく考えたらナイフを抜いて私の方を見ただけのような。
「なあ……すまなかった。俺の妻が……眠り病にかかってしまったんだ…………妻を……」
気がついた男はそう言って懇願するような目で私達を見つめた。
彼は、クリスティーニ家の領民の一人で、夫婦で平民向けの服屋を営んでいるということだった。しかし、数日前から、彼の奥さんが眠ったまま起きなくなったのだとか。
神殿に訴えたけど、打つ手は無いといわれるし、呪いを解くような呪文書は高くて買えず、看病をしつつ店を開くのも辛い状況だったそうだ。
眠り病。現魔王の仕業だとレナートは言っていたっけ。
その犯人が現魔王だとして、いったい、なぜそんなことを? どんな魔法や呪いなんだろうか?
自分の中に生まれる好奇心を、私は抑えられずにいた。
「それで、花を?」
「ああ。実はその前に何度も訴えたのだけど、あの偉そうな執事に追い返されて……。あんたが受け取ってくれていたというのに……俺は頭がカッとなってしまって……本当にすまなかった」
なるほど、これで一応、あの花の由来と、その動機は分かった。
あとは、ギルドのお婆さんに任せて帰ってしまってもいいのだけど……彼の家で寝ているという奥さんのことが気になった。眠り病のことも。
それに、魔王の尻尾を掴めば、私は処刑というBAD END回避に相当有利になるだろう。
「分かったわ。お父様に話をしてみる」
「本当に……? なんとお礼を言ったらいいか……ありがとう」
「うん、分かったから、貴方の家に案内して頂戴」
「え?」
「貴方の奥さんの様子を見に行こうと思う」
「えっ?」
私の言葉に、彼も、そしてマヤも驚きの声を上げた。
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