第5話 王子がいる部屋に突撃を敢行しました。

 部屋に入ると、敵と思われる中年の大男が一人と、ヴァレリオ殿下がいた!

 彼は両腕を縄で拘束されているものの、元気そうだ。


「!?」


 突然開いたドアに驚く二人。彼らは床に描かれた禍々まがまがしい魔方陣の中央にいた。

 タッタッと足音が、レナートに向けて駆けていく。

 私は、【拘束ホールドパーソン】の呪文を大男に向かって唱えた。ほぼ同時にレナート殿下が男から引っ張られるようにして離れるのが見えた。


 私は姿を現す。透明化は万能ではなく、他人を攻撃したり、魔法を唱えると解除されてしまう。

 もちろん想定内の出来事だ。カリカのおかげで作戦はうまくいきそう!



「ロッセーラ! どうしてここに?」


 彼は姿を現した私に、目をまん丸に広げて言った。

 すぐに、カリカの声が聞こえる。


「ヴァレリオ殿下、お助けします。こちらへ」

「……? 誰かいるのか?」


 彼は退こうとはしなかった。

 仕方ないので「彼女についていって」と伝える。不測の事態に備えて、まずは殿下だけでも逃がしたい。


「そうか……わかった。ロッセーラも気を付けて」


 うん、とにっこりして答えると、ヴァレリオは「こちらへ」と促すカリカの言葉に従ってくれた。


「くっ。なんだ!? 女?」


 呪文がうまく効いたようで、大男は見えないロープに縛られているように身動きができないでいた。

 私は、後ずさりながら、ヴァレリオ殿下が部屋から出て行くのを待った。


 すれ違うとき、彼の瞳を見つめる。

 大丈夫、失明などしていない。このまま逃げ切れば、彼のあんな顔は見なくても済むだろう。安心して、緊張の糸が切れる。


「ロッセーラ……どうした? 泣いているのか?」


 ヴァレリオ殿下の足が止まった。

 私は、頬を伝う涙に気付いていなかった。だったら……ボロボロになっているような顔は見られたくないな。せめて、笑顔で……。


「ヴァレリオ殿下、そんな顔しないで。私は大丈夫です。早くここから、逃げてください」

「あ、ああ…………心配かけたな。すまない……この拘束さえなければ……」

「殿下、急ぎましょう」


 カリカの声に引っ張られ、ヴァレリオ殿下は私を通り過ぎていく。

 私は大男に向き合った。まだもがいていて、動けないようだ。


 もう大丈夫、そう思った私は気になっていた床の魔方陣に目をやった。

 黒い粉で、円形の魔方陣が丁寧に描かれている。何かの儀式を執り行うつもりだったみたいだけど……? 悪魔召喚の魔方陣に似ている?


 振り返るとヴァレリオ殿下が部屋から去って行く後ろ姿が見えた。楽勝すぎる。

 私は殿下が立ち去った部屋の入り口に向けて、裾を掴み走り出した。今さらだけど、このスカートはとても走りづらい。


 しかし……。

 部屋の出口に到達したとき……シュッ、という風を切るような音が聞こえた。その直後、視界がぶれる。


「ぐっ……」



 右肩が焼けるように熱い。見ると、ナイフの柄が右肩の端にめり込んでいるのが見えた。ブラウスの縁が赤く染まっていく。

 私は全身の力が抜け、崩れるようにしゃがんだ。鋭い痛みを感じ動けない。


「う……う……」


 次第にズキズキと伝わる痛みに、喘ぐような声が出る。

 熱い。痛い。気が遠くなっていく。


「クソッ。女……お前は貴族か。王族に比べ質は落ちるが……」


 振り返ると大男が迫ってきていた。

 なぜ動けるの? 抵抗に成功した? もう一度【拘束】の呪文を唱えようとするけど、痛みに気を取られ集中できない。


 余りの痛みに、後ずさることもできない。

 肩を押さえる手がぐっしょりと、生暖かい血に濡れていく。


「王族の目ん玉を供物にするつもりだったが……よくも邪魔してくれたな」

「いやだ……近寄らないで」


 大男は、私を下品な瞳で見つめ、ナイフを持ち近づいてきていた。このままだと、何をされるのか……想像などしたくない。

 近づかれる前に、何か……この状況から抜け出す方法を見つけなければ。

 視界をさまよわせていると、床に書いてある魔方陣の様子に目が釘付けになった。


 ……しゅううううう。

 床に描かれた魔方陣を縁取るように、私から滴り落ちる血が赤い花を咲かせていた。そこから、音を立てて黒い煙のようなものが立ち上り始めている。

 黒く禍々しい煙は、次第に濃くなっていった。

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