第12話 夜明けです。

「さあ、今度こそ帰ろう」


 レナートはそう言って、私とカリカと手をつなぎ転移の呪文を唱えた。

 結局私たちがいたのは、奈落アビスの世界だったようだ。

 何らかの建物の中にいたわけだけど、外には悪魔がうようよしていたことだろう。


 あっという間に転移が終わり、目の前が明るくなる。

 私たちは学園内のレナート自室に転移した。


「ロッセ、夜が明けます。もう問題は解決したから騎士団は来ないでしょう」

「うん」


 窓の外がうっすらと明るくなっている。

 紺色の空が次第に白んでいく、そんなすがすがしい景色。


「まずは、裏門に向かってみまよう。ヴァレリオ達が心配です」


 私たちは走り出した。



 裏門に到着する。

 そこには、多くの騎士達が集まっていた。

 騎士団だ。


「兄上……王太子殿下、どうしてここに?」


 儀仗兵が周囲に立っていて、豪奢な馬車から姿を現した人に向けてレナートが言った。


「レナート。一応解決したようだが、一部の王都民や悪魔どもがまだ頑張っていてな。その後始末だ」

「まだ……いるのですか。しかし、概ね事件の解決は――」

「完全に解決していないだろう? これから学園内に騎士団を送り込む」

「ま、待ってください」


 二人の問答が続く。

 レナートは交渉しつつ時間を稼いでくれているようだ。

 レナートが教えてくれた騎士団の行動。

 彼らが動いて、ただで済むはずがない。


「カリカ、私にあなたの魔力をくれないかしら……多分、ほとんど持って行かれると思うけど」

「はい。思いっきり使ってください」


 そういって、カリカは両手を私に差し出してきた。

 多分抱きしめろっていう意味だろうけど、さすがにここは人が多い。

 だけど。確実を期すため、私は遠慮無くカリカを抱き締めた。


 さっきから、私の頭の中で一つの呪文が渦巻いていた。

 この魔法を使うとしたら、今だ。

 私は、目を瞑って呪文を唱える。


「【願いの顕現ウィッシュ・リヴェレーション】!」


 合わせて願いを頭に浮かべる。

 どうか……今起きている全てを解決できるような、そんな奇跡を起こして下さい——。

 唱え終わると、カリカから伝わる莫大な魔力を消費し、呪文が完全に発動した。


「おお……あれは……あの巨大な魔方陣は一体何だ?」


 その場にいる全員が空を見上げた。

 巨大な魔方陣が天空に描かれる。


「あ、あれは……全体効果魔法を超える……超広域全体範囲魔法……」


 周囲から、悪しき波動が消え失せるのを感じる。

 恐らく、出現していた悪魔が消え失せたのだろう。

 そして付近に見えていた人の怪我が治っていく。


 願いが叶った、というよりは二つの魔法が広域にわたって発動したのだ。

 【悪の解呪ディスペル・イービル】と、【重傷治癒ヒーリング】の魔法だ。


 周囲を取り囲む衛兵らが驚きの声を上げた。


「な、なんと……重傷を負っていた者が回復し、中には失った腕が生えてきている者がいる」

「何年も前に負った俺の傷も治っている?」


 周囲のうめき声が完成に変わっていく。

 学園内からも王都街からも、地響きのような歓声が聞こえはじめた。



 王太子殿下は、騎士からの報告を受けていた。

 どの騎士も、顔が明るい。


「ロッセ、何をしたのですか?」


 困り顔のレナートが聞いてきた。


「二つの魔法を使っただけよ。ちょっと広い範囲だったけど」

「はぁ。いくらなんでも広過ぎるだろう。しかも効果も強すぎる」

「聖女二人の力よ」


 私はフラついたカリカを支えながら得意げに言った。



 レナートが宣言し王太子殿下と向き合う。

 ここを切り抜ければ、落ち着けそうだ。


 レナート……がんばって。


「兄上、これで完全解決です。騎士を下げてください。約束です」

「いいだろう。それにしても、さっきの魔法は凄まじいな。そこの緋色の髪の少女が真の聖女か。もう一人は……?」

「い、いえ、彼女は……」

「まあよい。収監も考えたが……少し甘いがお前に免じて、過去の行いも一切を不問とする。レナート、あの二人を失うでないぞ。いずれ国の宝となろう」

「はっ。兄上、ありがとうございます」

「とはいえ、この騒ぎは大きすぎた。何らかの手を打つ必要があるだろう……また後で話そう」



 とりあえず、王太子殿下は騎士達を連れて王城へ戻っていくようだ。

 若干、不穏なことも聞こえたけど、後は全てレナートに任せてもいいかもしれない。


「ロッセーラ様!」


 私の名を呼ぶ声に振り向くと、ヴァレリオやクラス、エンリィやアリシアらがこちらに向かってくるのが見えた。

 この後私は、皆に取り囲まれもみくちゃにされることになる。



 ああ、やっと。

 やっと終わった。

 そして、いよいよ創立祭がはじまる。

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