第11話 全て終わりにしましょう。

 カリカは、あれからすぐ眠ってしまった。

 精神的に追い詰められていたし、心労が大きくなっていたのだろう。

 今では、彼女はわずかに微笑みながら眠っているように見える。

 とても安心して眠っている。


 さて、カリカも落ち着いたことだし帰ろうと思ったものの。

 転移の魔法を唱えようにも、発動しなかった。

 準備を怠ると、こんな目に遭うのだ。

 いつも転移はレナートがやってくれていたし……ここまで来てくれないかな。


「さて、どうしよう?」


 そうぼやいた瞬間、部屋の壁を破壊して飛び込んでくる者達がいた。



 ドン!

 もの凄い大きな音がして壁が崩れた。

 そこから現れたのは先ほどの魔王だ。


「くそっ! なぜ器が——せっかく心が壊れかけていたのに……なぜ安定している?」


 魔王がカリカを見て驚いている。



「ならば……私が直接手を下そう」


 魔王は私たちに向かって手を振り上げた。

 接近されてしまった上に素早い動き。


「レナート!」


 私は無意識に、首からぶら下げていた彼からもらったペンダントを握りしめる。


「助けて、レナート!」


 魔王はその大きな爪を振り下ろすのが見えた。

 このタイミングでは、もうどんな呪文も唱えられない。

 間に合わない……!

 私はつい、目をつぶった。


 キィン!

 いつまでたっても襲ってこない衝撃を不審に思いつつも、金属音に驚き目を開ける。

 そこには、魔王の爪を剣で受け止めているレナートの姿があった。

 

「ロッセ!」


 よく見ると、魔王の身体は傷だらけだ。

 それに対し、レナートはまったくの無傷。

 剣もたいしたものではないのだろうに、余裕そうだった。

 どうやら劣勢になった魔王が、魔神を呼び出そうとここに逃げてようだ。


「そのペンダントが位置を示してくれた。起動したと言うことは……やはり君は……」

「そんなことより、この魔王を……!」

「うむ。だが……」


 レナートは優勢であるものの、決着をつけられないのだという。

 とどめの一撃がうまく決まらないらしい。


「何か……打つ手があるはずだ」


 そうレナートに言われて思い出したことがある。

 ヴァレリオからもらった指輪。

 いざというときに使えと渡してくれた指輪。


 私はさっと取り出し、強く握った。

 すると、指輪から光があふれ出す。


「な、なぜ……その指輪を持っている? 我は……裏切られ――」


 怯んだ隙を見逃さず、レナートが魔王の胸に剣を突き立てる。


「ウアアアァァァァァァ」


 ……なんとあっけない。

 最期の絶叫を上げて魔王は消滅したのだった。


 こんなあっけなく……あっと言う間に倒してしまうとは。

 どんな力なのか不思議だけど、ものすごい効果だ。

 一体どうやって手に入れたのか……?

 または、こういう状況を予想していたのか……?

  ヴァレリオに感謝しなくては。


 私の元に、レナートがやってくる。


「カリカさんは?」

「無事よ。今はほら、眠っているだけ」


 私は、カリカの顔を見て、次にレナートを見つめる。


「大変なことがあったろうに、顔は随分安らいでるな」

「そうね。レナート、あんまりカリカの肌をじろじろ見ないように。これ、貸してね」


 私はマントをレナートから引っぺがして、カリカにかける。

 彼女の胸は静かに上下していて、落ち着いている。

 後始末が残っているとは思うけど、大きな脅威はもう去ったのだ。


「ロッセーラ……貴女はすごいな。俺だったら、カリカさんを殺すことでしか救えなかったかもしれない」

「私は必死だっただけ。そうしたら、うまくいった。それだけよ」

「そうかな……? 貴女が、ロッセだからできたんじゃないかな」

「そうかしら? じゃあ、そろそろ帰ろうか」


 いつものように転移魔法をお願いしようとしたところ、彼は首を横に振った。


「あの、私は貴女に思いを伝えたはずだが、貴女の気持ちを聞いていないような気がします」

「前、私から言ったでしょ。変わらないわ。それに、今する話かしら?」

「ああ。二人で話すことなんて、なかなか無いだろう。もう一度聞きたい」

「二人って……カリカがいるわ」

「彼女は眠っているんだろう?」


 あ、これは……強行してくるやつだ。

 どうせなら、こんなところじゃなくて、もっと落ち着いた場所で話したいものだ。

 でも彼の立場を考えると、二人きりで時間を作るなどとても難しい気もする。


「レナート。あなたが何を求めているのか、分かっているつもり。でも、あなたの立場や責務はどう考えているの? ヴァレリオだって、そのことで随分悩んでいたのに」

「それには、私に考えがある。ロッセは、気にしなくていい」


 何故だろう。

 とても、無茶なことを言っているはずなのに、今のレナートを信じることが出来る。


「ロッセ。いや、ロッセーラ・フォン・クリスティーニ。私は貴女を……君を、愛している」


 レナートは、少し強引に私を引き寄せ言った。


 その言葉を聞いた瞬間、今後のことを考えていた私の思考が止まる。

 そして、静かに涙と言葉があふれ出る。


「私も愛しているわ。レナート」


 私は彼を見上げた。

 要求され、応えるように言ったような気がしてすごく恥ずかしい。

 きっと、私の顔は真っ赤なのだろう。


 そうやって見つめていると、彼の顔が近づいてきた。

 私は恥ずかしさがピークに達し、目を瞑る。

 すると、唇に柔らかくて暖かいものが触れた。


 時間が止まる。


 軽く触れるのみで、それ以上何かあるわけでも無く。

 私はその余韻に浸った。



 長い沈黙の後……次はどうなるのかと思っていると、妙な視線を感じる。

 目を開けてその方向を見る。

 レナートも同じように視線を向かわせている。


 その先には、両手のひらを胸の前で合わせ、私たちを拝むようにしているカリカの姿があったのだった……。

 いつから起きていたのやら……。

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